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2014年11月25日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所特別研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

 さらにゲラシモフは1年後の2014年2月にも「参謀本部と国家の防衛」というタイトルの論文(『軍需産業クーリエ』2014年2月5日付掲載)で現代戦に対応したロシア参謀本部のあり方について論じているが、ここでは「新しい戦争」の手段としては、NGO(非政府組織)やPMC(民間軍事会社)が隠れ蓑として用いられることもあると述べている。そしてその例として、シリア、ウクライナ、さらに北極海における環境団体「グリーンピース」の活動を挙げている。

 こうなるとゲラシモフの言う「国防」は、限りなく情報・治安機関の活動に近づくことになりそうだ。

 ただ、2013年の論文に話を戻すと、ゲラシモフは伝統的な軍事力の役割を否定している訳では無い。それどころか現代の軍事的トレンドとして、遠い地域に兵力を迅速に派遣する能力や、長距離から精密攻撃を行う能力、自動化された指揮通信システムなどを必須項目として挙げている。

 ゲラシモフによれば、現代の戦争は、以上のような非軍事的手段と軍事的手段とを組み合わせたもの(ゲラシモフ論文に添付された図によると、その比率は4:1とされている)であるという。その上でゲラシモフはこう問いかける。

 「アラブの春のような事態こそが21世紀の典型的な戦争形態ではないのか?」と。

異例のタイミングで改訂される軍事ドクトリン

 さて、このあたりで「もしかしてゲラシモフという人はかなりトンデモに毒されているのは…」という疑念がわき上がってくる方も居られるかと思う。我が国の例を見ても、将軍まで上り詰めた人物がかなりトンデモな政治観を抱いたりしている例は少なからず見られるのでその疑念ももっともであるが、前述の通り、ここでゲラシモフが述べている見解は、決して彼の個人的なものではない。

 その証拠に、今年5月、モスクワで開催されたロシア国防省主催の国際安全保障についての国際会議では、ショイグ国防相やセルグン参謀本部作戦総局長といった国防指導部がこぞって西側の「新しい戦争」を非難する演説を繰り広げた。ゲラシモフ論文は、むしろこうした国防省(なかんづく参謀本部)の見解を集大成したものと見た方がよいだろう。

 そしてこの「新しい戦争」の概念は、どうやらロシアの軍事ドクトリンに公式に盛り込まれることになりそうである。

 今年9月、プーチン大統領は、軍事ドクトリンの改訂案を12月までにまとめるよう命じた。現バージョンの軍事ドクトリンは2010年2月に公表されたものであるから、できてからまだ5年も経っていない(従来は大体7〜10年程度で更新していた)。にもかかわらず、このタイミングで軍事ドクトリンの改訂をプーチン大統領が命じたのは、明らかにウクライナ情勢を意識したものであろう。そして前述のように、ロシア政府は、ウクライナ危機こそが現に西側の展開している「新しい戦争」であると主張しているのである。

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