2022年12月5日(月)

中島厚志が読み解く「激動の経済」

2014年12月22日

»著者プロフィール
著者
閉じる

中島厚志 (なかじま・あつし)

新潟県立大学国際経済学部 教授

東京大学法学部卒。日本興業銀行入行。パリ興銀社長、みずほ総合研究所調査本部長、経済産業研究所理事長などを経て2020年4月から現職。主な著書に『大過剰 ヒト・モノ・カネ・エネルギーが世界を飲み込む』(日本経済新聞出版社)。
 

 それぞれに得失があり、どれが優れているということはない。しかし、特筆すべきは各類型とも国民意識と社会のあり方の上に成り立っていることにある。個人の自立を尊重する意識が強いと言われるスウェーデンの人々だからこそ、負担が重くても子供の自立、女性の自立、高齢者の自立を支援する福祉国家が出来上がっている。

 また、自己責任にウエイトを置いたアメリカの姿は、いかにも個人の自由を重んじるアメリカらしい。同じように、伝統的な社会基盤があるドイツでは、その基盤に立脚した福祉国家が自ずと出来上がろう。

 さて、問われるのは日本の福祉国家像である。どのような福祉国家像が望ましいかは人によって違いがあるとしても、日本の社会や国民意識に根差した福祉レジームがあってしかるべきであろう。ところが、それは見えにくく、不透明ですらある。

 もちろん、日本には地域社会や家族に根差した互助の考え方と枠組みがあり、ドイツ型に近い福祉レジームのようにも見える。そうであれば、低負担であっても別途地域や日本的な家族制度がカバーしているとの理屈になるのかもしれない。

 しかし、そうだとすると、なぜ社会保障支出が大幅に負担を上回るのか説明がつかない。実質的に地域・家族の下支えで社会保障水準がかさ上げされているのであれば、国との関係では低負担低福祉でバランスがとれるからである。一方、もし少子高齢化など近年の動向が地域や家族がカバーする範囲を超えるとのことであれば、公的な負担を増やさなければならないことにもなる。

 増税に際しては、それなりに景気が良好であった方がよい。しかし、日本の場合、福祉水準と負担をどうバランスさせるか、そして日本に相応しい福祉国家はどのような形かについても見極めなければならないように見える。今回の消費税増税先送りで明らかとなったことの意味は大きく、日本人が背負っている社会課題は重い。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

新着記事

»もっと見る