「空海が抜群に優れた美意識をもっていたから、空海の後もいいものが作られ続けたのでしょう」
そしてふと、西山さんは静さんに疑問を投げかけた。
「壇上伽藍の根本大塔(こんぽんだいとう)の内部にある立体曼荼羅のなかで、空海は何をしようとしていたのでしょうか」
空海の思想を受け継ぐ壇上伽藍
霊宝館を辞したその足で、向かいの壇上伽藍を訪ねる。まもなく再建なる中門を眺めながら、目指すは根本大塔。堂々たる16丈(約48.5メートル)の多宝塔は、多くの参詣客で賑わっているが、もともとは人を寄せつけない修行空間だった。きらびやかな塔内を仰ぎ、西山さんは瞑想するかのように押し黙っている。立体曼荼羅について、西山さんの質問に「立体曼荼羅は、仏の世界に抱かれてしまう、という空海の即身成仏の思想の体現です。ここに入り、密教の呪文ともいえる真言を唱え、即仏、即自分、の修行をしたわけです」と答えた静さんの言葉を、反芻しているのだろうか。
西山さんの目線を追ってみるが、うまく理解が追いつかない。即仏、即自分。生きながら修行により仏になる、密教の「即身成仏」思想。本尊の大日如来を四体の仏が囲み、さらに16本の柱には16大菩薩の絵図。金と朱色の色彩に、眩惑(げんわく)される。一歩外に出れば冬景色というのに、ここは別世界だ。
根本大塔の西にある植栽は、空海ゆかりの「三鈷の松」。留学生として唐に渡り、2年を経て帰国する際の港から、空海は師である恵果阿闍梨(けいかあじゃり)より授かった、密教継承の証である法具・三鈷杵(さんこしょ)を、祈りを込めて投げた。「密教を広めるにふさわしい地に飛ぶように」と。 帰国後、探し求めたところ、高野山のこの松に三鈷杵は掛かっていたという。狩場・丹生両明神とはまた別の、開創伝説である。