2022年10月7日(金)

ヒットメーカーの舞台裏

2015年5月5日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

福島久美子 (Kumiko Fukushima) (研究開発本部 シニアサイエンティスト)
1979年生まれ。2004年に大阪大学大学院工学研究科を修了し入社。同年から11年までベビーケア部門でオムツの研究開発に従事し、11年からジェルボールの開発を担当。シリーズの拡充とともに、未使用の消費者に広めるよう取り組んでいきたいという。趣味は学生時代からのテニス。 1979年生まれ。2004年に大阪大学大学院工学研究科を修了し入社。同年から11年までベビーケア部門でオムツの研究開発に従事し、11年からジェルボールの開発を担当。シリーズの拡充とともに、未使用の消費者に広めるよう取り組んでいきたいという。趣味は学生時代からのテニス。

 開発に着手した当初は、日本の事情が海外のメンバーによく理解されず、難航した。ジェルボールの最大の特徴は、洗剤をくるむ水溶性のフィルムにある。独自の技術で、ボールが容易に壊れないように一定の強度を確保しながら、水に触れると素早く溶けるという機能を両立させている。中の洗剤はフィルムを内側から溶かさないよう水分量を限界まで削減している。

 ところが、製品化で先行した欧米のフィルムは日本では通用しなかったのだ。洗濯時間が短く、低水温なためフィルムが十分に溶けないといった不具合が続いた。10年からは試作と評価実験が始まったが、一時は製品化は厳しいというムードも漂ったという。

 福島は日本の洗濯事情をよく理解し、その実情を定量化するため、消費者モニターと濃密なコンタクトを重ねた。海外の担当者にも来日してもらい、独特な洗濯事情に関する情報を幅広く提示し、理解を得ていった。

 時には折れかけた福島を勇気づけたのは、モニターの声だった。フィルムの溶け残りには「お叱りを受けた」ものの、「素晴らしい製品なので是非出してほしいと、励まされた」のだ。福島は次第に「日本の洗剤を変えたいという強い信念」を抱くようになった。

 フィルムと洗剤との相性を4年にわたり追求。その試作品は約100種に及び、溶け残りも克服した。延べ5500人余りのモニターに試用などの協力を得ることで、要求度の高い日本向けのフィルムが完成した。(敬称略)

  
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◆Wedge2015年4月号より

 

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