2024年12月23日(月)

オトナの教養 週末の一冊

2015年5月29日

 というわけで、「そういう事柄を少しなりとも知り、また、人間がそれを突き止める過程を理解したいという、いつにない静かな衝動」に突き動かされて、旅行作家は科学の森へ分け入ることになった。

 一般書から専門書まで、参考文献にあるだけでも300冊以上を読破し、「数々のあきれるほど愚鈍な質問に答えてくれそうな、聖人なみに辛抱強い専門家たちを見つけることに」3年間を費やした。

 <科学の不思議とその精華を、専門的になりすぎず、かといって上っ面をかするだけではないレベルで、理解し、かつ堪能し、大いなる感動を、そしてできれば快楽を、味わうということがはたして可能かどうか、試してみたかったのだ。>

 ブライソンの大いなる試みは、みごとに成功したといえるだろう。

忘れ去られた科学者たちへも、光を当てる

 本書は、「まったくの無の状態から、何ものかが存在するようになり、その何ものかのほんの一部がわたしたちへと至る過程と、その間の出来事」を記したものだ、とブライソンは語る。

 対象分野は、天文学、物理学、化学、生物学、地学、数学、医学、力学、地理学、文化人類学、博物学、分子遺伝学、と多岐にわたる。

 しかし読者は、そんな縄張りなど微塵も意識することなく、ブライソンとともに近代科学の曙から現代までを行ったり来たりして、「わかったこと」と「わからないこと」、そして「わかる」までの悪戦苦闘や騙し合いや駆け引きといった悲喜劇を目の当たりにする。教科書にはけして載らないような、本音むきだしの逸話が満載だ。

 とりわけ、ノーベル賞級の大発見をしたり、「高い志」を持って公害問題に立ち向かったりしたにもかかわらず、報われなかった科学者たちが長い葬列をなしているのには、驚いた。アインシュタインやダーウィンのような科学史上のヒーローのみならず、注目されずに忘れ去られた科学者たちへも公平に、光を当てるまなざしがいい。


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