オトナの教養 週末の一冊

2015年5月29日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

好奇心の向かう先はまだまだ無限にある

 ブライソンの、人間という生き物への、いやすべての生き物、すべての原子への親愛や驚嘆の感情が言葉一つひとつににじみ出て、「科学すること」を温かく、胸躍るものにしているのには、さすがというほかはない。

 たとえば、こんな一節がある。

 <原子単位で見れば、わたしたちはみんな、おびただしい数から成り、死に際して非常に効率よく再利用されるので、かなり多数の体内の原子――多ければ各人十億個ほど――が、かつてシェイクスピアに属していた可能性もある。さらにもう十億個ずつが、仏陀やチンギス・ハーンやベートーヴェン、そのほか誰でも、あなたの好きな歴史上の人物のもとからやってきたかもしれないのだ(原子が完全に再配分されるまでに数十年を要するので、対象は歴史上の人物に限られる。どれほど望んでも、まだエルヴィス・プレスリーの原子を所有することはできない)。>

 <つまり、わたしたち人間は短命だが、誰もが生まれ変わっているのだ。(中略)例えば、木の葉の一部や、ほかの人間や、一滴の露になる。それだけに留まらず、原子はほとんど永遠に移動し続ける。実際には、原子がどのくらい長く生き長らえるのか、誰も知らない。マーティン・リースは、おそらく1035年ほどだろうと予測している。あまりに大きい数字なので、こうして書き記すだけで幸せな気持ちになる。>

 移り気な原子たちの、ほんの束の間の集合体に過ぎないあなたやわたし。わたしたち人類が知っていることは、思っているよりもわずかで、わからないことのほうがずっと多い。しかし、だからこそ、好奇心の向かう先はまだまだ無限にあることを、本書は雄弁に語っている。

  
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