武術家である父に鍛えられ、幼少期からあらゆる武術を修めてきた高岡は、優れた動きを体現してきたが、それは感覚的に身につけたものだった。その実践に江戸時代の剣豪への憧憬、大学院からの運動理論の研究が重なり、体幹部を使いこなすことが究極の身体能力を発揮させるとの結論にたどりつく。
冒頭に見せた動きも、この考え方で説明できるという。
「あれは『かかと推進』と言って、肋骨や背骨の個々の骨を動かし、体幹部からかかとに向けて、床を押す強い力を発生させています。ちょうど魚が、一瞬、体幹部をくねらせて、水を後ろに押して急発進する感じに近いです」
つまり体幹部を使うとは、背骨の一つひとつを自在に動かすということのようだ。そう言われても、どう動かせばいいのだろうか。
「背骨を関節のように動かそうと、寝る時に布団の中で、首の後ろの骨を触りながら、胸椎の1番目と2番目は逆に動くかな──とやってみました。そんなことを夢中になって繰り返していたら、1年くらいですべての背骨を思うとおりに動かせるようになりました」
「指にギプスをはめて3日も置いておくと、動く感覚がなくなり、脳が動く感覚を忘れるとそこには何も存在しないという感覚になります。背骨も同じで、固まって動かさないと個々の骨という認識ができなくなるけれど、背骨の周りの筋肉を緩めてわずかでも動くようになれば、指の関節の
ように一つひとつを認識できるようになります。
その認識を足がかりにすれば、体幹部を自在に使えるようになります」
「緩む」という高岡のキーワードは、ここから来ている。筋肉でいえば、「締まる」と「弛む」の最大幅を自由に動ける状態が、緩んだ状態だという。高岡が提唱し全国の多くの自治体に広がった「ゆる体操」は、身体を緩めるための、もっとも易しいアプローチだ。アスリートに指導する時は、専門的な「ゆるトレーニング」から入る。
高岡の歩く姿は、少し顎を出し加減で、ゆらーっとしながら、音もたてずに浮かんでいるかのように見える。獲物に跳びかかる前の野生動物のような、ただならぬ雰囲気をそこかしこに漂わせる。
豊穣の世界である身体が、
信じられないくらいの価値を精神に送ってくれる。
江戸時代の高いレベルの人ができていた身体の使い方が、できなくなった分岐点を、高岡は富国強兵にみている。軍隊での教練、学校での行進の教育によって、全員を同じ質の動きにそろえることが重視されたからだ。それは日本人の動きを捨て、西洋人の動きをモノマネさせることを意味する。同じ時期に、剣術が実践から観念の世界になったこと、伝承的な医学を根絶やしにしたことも、一因だと高岡は指摘する。