この勢力は、シリアのクルド人組織「民主連合党」(PYD)の軍事部門「人民防衛部隊」(YPG)だ。現在は、ISの首都ラッカの約50キロの地点まで迫り、巻き返しに出たIS戦闘員と激戦を展開中だ。YPGはこの1月、トルコ国境に近い「コバニの戦い」で、やはり米軍の空爆支援の下、ISを撃退した。IS側はこの戦いで2000人ともいわれる戦死者を出す大敗北を喫した。
イラクのクルド自治政府の軍事組織「ペシュメルガ」も北部のIS戦闘員を撃退するなど力を発揮しているが、地上部隊の投入をしない米国にとっては今や、イラクとシリアのクルド人武装組織が最も信頼できる地上勢力だ。米国はシリアで、ISと戦わせるためシリア人による5000人規模の部隊を創設する計画だが、現在訓練を終えて配備を待っているのは90人にすぎない。
「独立国家は決して容認せず」
警戒強めるトルコ
しかし地域大国であるトルコのエルドアン政権はこうした隣国シリアのクルド人の台頭に強い懸念を示している。エルドアン大統領は先月末「どんな代償を払ってもシリアにクルド独立国家ができることは容認しない」と強硬姿勢を示した。イスタンブールの政府系紙が最近「シリアのクルドはISより危険」という大見出しを掲げたが、政権の考えを代弁したものだろう。
大統領がこうも懸念するのは、クルド人の勢力拡大がトルコの安全保障上の脅威と考えているからにほかならない。政権は長年、PKKの武装闘争に悩まされてきたが、このPKKとシリアのPYDが連携していることから、シリアに独立国家ができれば、トルコ領の一部までそうした国家に組み込まれかねない、と危機感を抱いているのだ。
トルコでは先月の議会選挙でクルド人の権利拡大を掲げる「国民民主主義党」が大躍進し、大統領の権限強化を狙うエルドアン大統領の野望を打ち砕いた。この選挙の敗北もクルド人に対する強硬姿勢に拍車を掛けている。一部では、トルコ軍をシリア領内に進撃させて、緩衝地帯を設置する構想も浮上している。
クルド人はシリア内戦の終結で「新生シリア」が誕生する際、独立国家を樹立したいと思い描いている。そうなれば、イラクのクルド自治政府との連合なども視野に入ってくる。しかし、周辺各国はクルド独立に反対だ。米国もISとの戦いがなくなれば、クルドを見捨てるのではないか、という見方も強い。クルド独立の夢は、あくまでも夢に終わってしまうのかもしれない。
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