従来の歴史教科書を「自虐的だ」と批判する人々が中心になって編纂し、2000年代初頭に日韓間の外交問題となった「新しい歴史教科書」の改訂版市販本(2005年)が筆者の手元にある。慰安婦問題には全く触れていないこの教科書ですら、「多数の朝鮮人や中国人が、日本の鉱山などに連れてこられ、きびしい条件のもとで働かされた」と記述している。「forced to work」は日本政府の従来からの見解を反映した表現であるにすぎないのである。
実は議論分かれる国際法上の解釈
ただし、国民徴用令の下で行われたから適法だったという日本政府の主張が、国際社会で広く受け入れられているわけではない。朝鮮や中国を含むアジア各国の人に日本が労働を強いた件について2003年に検討したILOの専門家委員会は、請求権の問題が二国間条約などで解決済みかどうかという判断に立ち入ることを避けながらも、「強制労働条約違反だった」という判断を示しているからだ。
専門家委員会は、当事者らからの訴えを受けると、当該国政府に書面での回答を要求。政府からの回答を基に適法性について検討する。委員会関係者は「日本政府からの回答を検討した結果、日本は条約の義務を履行していなかったという判断になったということだ」と話す。日本政府は、国民徴用令に基づいて「日本人」として徴用された朝鮮半島出身者と被占領地域から連れて来られた中国人労働者は法的立場が違うと主張している。だが、この関係者は、「国籍や出身地域は関係ない。条約は、誰であっても強制労働をさせてはならないと規定している」と指摘し、日本政府の主張を退けた。
2003年のILO総会に提出された報告書によると、専門家委員会は、日本の民間企業の管理下で働くために中国と韓国を含むアジア諸国から行われた強制的な動員について検討した。委員会は、日本外務省が1946年に作成した報告書「日本における中国人労働者の労働条件に関する調査」に基づいて、労働者の死亡率が17・5%(一部の施設では28・6%)に達するほど過酷な労働条件とひどい待遇だったことや、日本人に準じた給与と労働条件が約束されていたのに実際の給与支給は小額にとどまるか、支給されなかったと指摘。そのうえで、「委員会は、このような極めてひどい条件下で日本の民間企業で働くために非常に多くの労働者を徴発したことは、強制労働条約違反であると判断した」と明記した。
専門家委員会の判断は「見解」と呼ばれ、法的拘束力は持っていない。報告書の「結論」も、日本政府にさらなる情報提供を求めるにとどめている。この点について委員会関係者は、「裁判ではないから、法的な判断を示したにとどまる。ILOとしては、これ以上することはないということだ」と話すが、同時に「専門家委員会の判断は、ILOに関連する法律判断としては国際的に最も権威があるとされている」と指摘。可能性は極めて低いものの国際司法裁判所(ICJ)に判断を求めることになれば、専門家委員会の判断が重視されることになると話した。
日本政府や自民党の中には、「強制労働を認めたわけではないと国際社会に積極的に説明すべきだ」という意見があるようだが、ILO見解の存在を知っていて言っているのだろうか。対外発信というものは、冷徹な現状認識に基づいて行うことが求められるものであり、自己満足のために発信すればいいというものではないはずなのだが……。
◎筆者の新刊書籍 『韓国「反日」の真相』
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。