2024年12月2日(月)

地域再生のキーワード

2015年8月4日

北海道東川町は、「写真の町」として世界的にも知られるようになった。
「写真甲子園」がきっかけで、東川役場で働くことになった大阪出身の吉里さんは、
「予算がない、前例がない、他の町ではやってない」が行動目標と、町のために汗を流す。

<東川町>北海道のほぼ中央に位置し、大雪山国立公園の麓にある。大雪山の雪解け水の恵みを受け、道内で唯一上水道がない。主な産業として農業のほか、木工製品の生産も盛ん。

 北海道の旭川空港から車で10分ほど走ったところにある東川町の役場には一風変わった名前の部署がある。「写真の町課」。1985年に当時の町長が町おこしの一環として「写真の町」を宣言。以来、写真を核とした様々なイベントを行ってきた。それを中心となって担っているのがユニークな名前の課というわけだ。

 写真の町課は役場の本庁舎の裏手にある文化ギャラリーの一角にある。人懐っこい笑顔で迎えてくれたのは職員の吉里演子さん(28歳)。窪田昭仁課長に言わせれば「写真の町東川の成功事例そのもの」だという。

 どういうことか。

東川町の職員の吉里演子さん。背後に聳えるのは大雪山

 東川町では写真の町のイベントの一環として21年前から「写真甲子園」を開いている。全国の高校の写真部などが参加、予選を突破したチームが東川町内で様々な課題をこなしながら作品を仕上げていく。大雪山を望む町の風景や人々の様子を撮影するのだ。今年も514校が参加し、地区予選を通過した18校が8月4日から7日まで、腕を競い合った。審査は写真家の立木義浩さんら5人のプロが務め、優勝校には北海道知事賞が授与される本格的なコンクールである。

 実は、吉里さん、今から10年前の2005年に写真甲子園に出場しているのだ。当時は大阪市立工芸高校の3年生。仲間2人と大阪から北海道までやってきた。「We Love 北海道」と題した作品は、優勝こそ逃したものの優秀賞<青のモモンガ牌>を受けた。

 すっかり写真にはまった吉里さんは大阪芸術大学写真学科に進学したが、東川の事も忘れられなくなったのだという。写真甲子園にOGとしてボランティアで参加、大学4年の時には東川に通い詰めて卒業制作に取り組んだ。題して「心のふるさと」。なにせ東川の人たちのウエルカム精神の強さにすっかり参ってしまったのだ。「もう、これは住むしかないな」。そう考えた吉里さんは移住を決意する。


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