2024年11月22日(金)

【特別対談】日本のソフトパワーを考える(全4回)

2009年10月7日

青木 そういうこともあるかもしれませんね。でもその後、江戸時代が終わって、明治政府ができたでしょう。それは、ある意味では江戸時代を否定したということなんです。それで、江戸時代の文化についての記憶も薄れてしまった。

 現代になって、この20年くらいは「江戸学」として新しい光が当たっています。「江戸文化にはすばらしい点、現代人が見習うべき点がたくさんある」と主張する人たちもいます。江戸時代の芸術や文学も素晴らしいし、いろいろな趣味の世界も深いものが蓄積され、庶民の文化にも厚みが加わり社会に広がったんですね。それまでは宮廷とか、よくても武士階級までだった文化が庶民に広がり、独自の文化を生み出した。

この20年ほどで、明治政府が否定した江戸時代の生活スタイルを見直そうという気運も出てきている。
写真は傘の古骨を買い集める人大江戸百万人の生活は、こうしたリサイクル精神によってうまくいっていたのかもしれない。(『守貞漫稿』より)

―― 江戸時代に鎖国をして、300年間海外との交流を制限していた中で庶民文化が花開いたという事実や、バラカンさんが音楽の例でおっしゃったように、あまり影響を受けすぎるとかえって自分が何者かが分かりにくくなるということを考えると、文化が成熟していくのには「時間」が必要なのでしょうか。

バラカン もちろんそうです。英語で言うカルチャーというのは、例えばキノコのようなイメージなんですよね。

 最初は一つの固まりだったものがじわじわと地を這って広がっていくような、そういうものをカルチャーと言うんです。文化とはそういうものだと思うんですね。計画を立てて伸ばしていくものではなく、自然培養で何百年もかかって、目に見えない発展を遂げるものだと思っています。


<第2回につづく>

青木 保(あおき・たもつ)
青山学院大学大学院特任教授。文化人類学者。
前文化庁長官、大阪大学名誉教授、文化人類学者。
1938年生まれ。1965年以来、東南アジアをはじめアジア各地、西欧などで文化人類学的フィールドワークに従事。1970年代にはバンコクの仏教寺院 で僧修行をする。宗教からジャズまで、国、地域間における「文化」の役割や文化外交、「ソフトパワー」の役割などに強い関心をもっている。大阪大学、東京 大学、政策研究大学院大学などで教授をつとめた後、2007年4月から2009年7月まで、 18代目の文化庁長官に在任。また、ハーバード大学、フランス国立パリ社会科学高等研究所などで客員研究員や教授をつとめた。2000年、紫綬褒章受章。
主な著書に、『儀礼の象徴性』(岩波書店)、『「日本文化論」の変容』(吉野作造賞、中公文庫)、『逆光のオリエンタリズム』(岩波書店)、『アジア・ジレンマ』(中央公論新社)、『憩いのロビーで 旅のやすらぎ、ホテルとの出会い』(日本経済新聞社)、『異文化理解』『多文化世界』(いずれも岩波新書)など。

ピーター・バラカン(Barakan, Peter)
ブロードキャスター、音楽評論家。
1951年ロンドン生まれ。1974年、レコードショップで働いていたとき、日本の音楽出版社の求人に応じて来日。6年後、YMOのマネジメント事務所に 転職し、YMOの海外コーディネイションや楽曲の英補作詞を担当した。その後は独立し、テレビやラジオの音楽番組パーソナリティを数多くつとめ、その選曲 センスは音楽ファンから高い評価を受けている。
また、テレビ番組の司会も務め、「CBSドキュメント」(TBSテレビ)で海外の良質なドキュメンタリーを紹介し、「Begin Japanology」(NHK)では、日本の伝統文化やその継承者を紹介し、等身大の日本文化への理解を促している。
主な著書に、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテス・パブリッシング)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社プラスアルファ文庫)など。




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