ホンダの黎明期、本田宗一郎を右腕として支えた藤沢武夫氏の文章には、当時の「規模の論理」が明確に描かれている。現在でも輸出比率が高いことで知られるホンダだが、戦後の零細企業時代、景気が良かったアメリカへの輸出で成長への足がかりをつくったわけだ。どんな時代であれ、お客さんに買ってもらうためには安ければ安いほどいい。「コスト+利益=売価」なのだから、お客さんへの売価を下げるためには製造コストを下げなければならない。
ここで管理会計を復習すると、コストには変動費と固定費がある。ホンダの場合、変動費とは2輪車・4輪車の部品調達コストだ。これは大量に仕入れるほど仕入れ単価が下がる。固定費は人件費や減価償却費だが、これもたくさん作って売るほど「1台当たりの固定費」が小さくなる。
かくして、変動費も固定費も「たくさん売れば売るほど下がる」という好循環が生まれるわけだ。管理会計的に表現すれば、大量の生産・販売は販売コストの引き下げを可能にする。このような好循環の背景にはアメリカそして日本の好景気があった。好景気の時代には「たくさん売ってたくさん儲けたい」企業の意向と、「いいものを安く買って生活を豊かにしたい」顧客の意向が見事に合致していくわけだ。
こうして生まれた好循環は時代のうねりとなって日本の経済を押し上げ、日本人の給料と生活水準を向上させていった。
私たちの未来はどちらだ?
「食うや食わず」から半世紀ちょっと。いまや本当に豊かで平和な時代になったものだと実感する。しかし豊かで平和な時代にも苦労は付きもので、私たちの多くは高い家賃に苦しみ、仕事や会社のしがらみで疲れ果てているという人が少なくない。
子どもを育てる経済的・精神的余裕がなく、少子化の時代に突入している。もしかすると「ひとつの時代が終わったのではないか」という感覚を持つのは私だけではないだろう。今の日本では「需要縮小」への不安がひたひたと忍び寄っている。
需要が増加する限り「規模の論理」はうまくいく。会社も個人もハッピーになれる。しかし、もしこれからあらゆる需要が減少していくとなると、「規模の論理」が逆回転モードに突入し、「大きいことは悪いことだ」という理屈になる。問題はわれわれが「大きいことは悪いことだ=小さいことはいいことだ」という健全な縮小モードにまったく慣れていないことではないか?
いまの大企業を見て欲しい。国内市場の落ち込みを海外市場への輸出で補おうと躍起になっている。まだまだ本田宗一郎時代の「規模の論理」から逃れられないようだ。
私たちをとりまく経済には、これから2つの可能性がある。まずひとつは先の折れ線グラフでみた「世界経済の繁栄は続く」という楽観的な見方。リーマンショックがいくらひどくても、また資本主義は新たな仕組みとともに甦り、我々は豊かで平和な生活を享受できるという見方だ。
もうひとつは悲観的な見方。数百年のちにまた世界経済の繁栄は続くとしても、ここからしばらくの間(すくなくとも我々が死ぬまでの間)、長すぎた成功の反動で需要減少や不景気が続くのではないかという見解。
もし前者の楽観的な立場に立つなら、いまは仕込み時だ。借金でもして設備・規模拡大をいまのうちに進めておいたほうがいい。また再び規模の論理だ。管理会計など勉強するより、お客さんを接待して飲んでおいたほうがいい。
しかし後者の悲観的な立場に立つなら・・・。