浦項製鉄城下町の“沐浴湯”(モギョクタン)
9月11日 慶州から16キロほど走行して世界遺産の良洞マウルに到着。韓国の昔ながらの茅葺屋根、土壁の農家がそのまま残されている。管理事務所でテント設営場所を相談すると村全体を見下ろす駐車場の公園で野営するよう勧められた。コンビニ弁当とビールで夕食を終えて良洞マウルの夜景を眺めていると近くの住民であるというおじさんが焼き芋と茹でた栗を差し入れに来てくれた。
9月12日 浦項市を目指して走る。浦項(ポハン)は今や世界的鉄鋼メーカーとなった浦項製鉄(POSCO)の企業城下町である。市街地の手前で地図を見ていると地元の青年が親切に道を教えてくれた。日本人が一人で自転車旅行していると聞いて感激し、何か困ったことはないかとさかんに尋ねてくる。「大丈夫です(クエンチャナヨ)」と答えても心配顔である。そのうちに「お金があれば便利でしょう」と懐から5万ウオン(日本円で5000円くらい)の紙幣を取り出し私のポケットにねじ込んできた。こればかりは受け取るわけにゆかないので丁重にお礼を述べて紙幣を押し戻した。
市街地に入ると海を見下ろす高台に浦項製鉄の従業員社宅である高層アパートが林立している。この高層アパート群の間に幼稚園、学校、スーパー、公園などが整然と配置されている。近代的な人口都市という印象だ。そして臨海には巨大製鉄所が広がっている。高炉や原料ヤードのコンベア、圧延工場などが遠くに連なっている。
どこかで見かけた光景である。新日鉄住金の巨大製鉄コンプレックスである君津製鉄所とその社宅群を思い出した。浦項製鉄は日韓基本条約をベースに始まった日本の経済援助と当時の新日鉄等の日本の製鉄会社の技術援助により建設された。製鉄所は原料ヤード、高炉から圧延まで日本の最新製鉄所のデザイン、レイアウトと酷似しているのは技術的理由から当然であるが、面白いことに周囲に設けられた緑化地帯から従業員のユニフォームから都市計画まで日本と似ている。最短期間で完全な最新鋭の製鉄所を建設して運営するためにはハード面だけでなくソフト面も含めて導入するのが合理的なためであろう。
余談になるが25年くらい前に中国の上海宝山製鉄所を訪問したことがある。やはり鄧小平が日本の最新製鉄所と全く同じものを建設せよと指示しただけにラジオ体操からユニフォームまで日本式であった。但し当時はまだ作業員の意識改革までは行き届かず作業時間中に工場の隅で作業服をだらしなく肌蹴て喫煙している作業員をしばしば見かけた。