2024年6月19日(水)

この熱き人々

2016年2月19日

漫才から売り声の芸へ

 宮田が江戸から昭和初期の物売りの売り声を芸として始めたのは、60歳を目前にしたころ。宮田陽司・章司のコンビ名で漫才界にデビューしたのが昭和30年(1955)。その後は、漫談やテレビのバラエティー番組出演、こまどり姉妹、三沢あけみ、マヒナスターズなどの歌謡ショーの専属司会者など、さまざまな形で芸能界を生きてきたが、自分が売り声の芸をやるようになるとは全く想像もしていなかったという。予想外の展開に導いたのは、ガマの油売りなど大道芸人として知られた坂野比呂志からの遺言。まさかの突然の後継指名だったという。

 「なぜかアタシに、俺の芸を継いでくれよと言って死んでっちゃったの。アタシが下町生まれで、小さい時から昔の往来の雰囲気を知ってたからじゃないかねえ。ちょっと渋い声の質も向いてると思ったのかもしれないね。だから、遺志を継いでテキ屋の口上の大道芸をやろうと思ったけど、あのオヤジにはどうしてもかなわない。だから自分は物売りの売り声にしようと思ったの」

 しかし、日本で売り声を芸にしている人はだれもいない。子どものころに売り声を聞いて体で覚えているというのと、それを芸にするのとでは、大きな落差があるはずだ。先達や師匠はいないから、自力で芸にまで仕立て上げるしかない。

 「勉強ですよ。ひたすら勉強。アタシが物売りの声を探していると知って、友人たちがいろいろ探してきて教えてくれるわけ。図書館にこんな本があったよとか。聞いたらすぐ飛んで行って調べる。これが、だんだん楽しくなってきちゃってねえ」

 そんな中、江戸後期に記された喜田川守貞の随筆『守貞謾稿(もりさだまんこう)』と出会った。天保年間(1830~44)から嘉永年間(1848~54)までの20年間に書かれ、さらに慶応年間(1865~68)に加筆され、ほぼ30年にわたって上方と江戸の風俗を絵入りで紹介した全35巻の随筆集で、ここに物売りの売り声も多く記されている。しかし、書物は文字だけで、どんな風に発声されていたのかまではわからない。


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