2024年7月16日(火)

足立倫行のプレミアムエッセイ

2016年5月3日

 といっても、それは3月20日以前のこと。EU、トルコの難民送還合意が成立してからは事態は一変、バルカンルートが閉ざされて難民はトルコより北に行けなくなった。この措置で、ギリシャには約5万人が滞留。トルコには約270万人。EUはトルコに送還される難民のうちシリア人については1人につきトルコ国内の別のシリア難民1人を「第3国定住」として各国分担で受け入れる(最大7万2000人)としている。だが、現実の受け入れは進んでいない。

21世紀のエクソダス

 21世紀のエクソダス(大量国外脱出)は、いわば膠着状態に陥っているのである。そこで改めて注目を集めているのが、より危険な地中海の密航ルートだ。リビア、エジプトなどからイタリアへ地中海ルートで密航した難民はこの3カ月で約1万8000人、昨年同期の1・8倍である。4月18日には大型密航船が地中海で転覆し、過去1年間で最悪の約500人が死亡した。

 地中海渡航の恐さは、私もほんの少々味わっていた。トルコ沿岸行の4カ月前、同じI氏の愛艇でマルタ共和国から148キロ離れたイタリアのシチリア島シラクサを目指して航行中、突然エンジンが故障したのだ。

 I氏は2時間近くオイル漏れを直そうとしたが無駄だった。マルタやシチリアとの無線も通じない。地中海のド真ん中での漂流!

 航海中はイルカや海亀との並走にはしゃいでいた私も急に心細くなった。「万一」のことを考え、救命用具を足許に引き寄せた。

 幸いこの時は、午後になってマルタ側との無線が回復し、結局はタグボートで出航地まで曳航されて事なきを得た。けれど、360度水平線に囲まれ波に翻弄され続けることがいかに絶望的か、身に沁みたのである。

 船舶がすべて小型で操船法も素朴であった古代、冬の地中海航路は悪天候のため閉鎖され、5月下旬から9月中旬までが比較的安全とされていた。地中海ルートを使った止むに止まれぬ難民の密航は、今年は危険な冬季にも急増している。

 ならば、昔から安全とされる5月以降の夏シーズンはどうなるのか? 国際テロ事件の裏の大問題として、難民の移動を注視したい。

  
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