2024年7月20日(土)

海野素央のアイ・ラブ・USA

2016年5月31日

非言語コミュニケーションのパワー

 オバマ大統領が平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花をした際、安倍晋三首相がお辞儀をしたのに対して、同大統領は黙とうを選びました。お辞儀は文化特定的であり、日本文化では相手に対する敬意を表しますが、文化的背景が相違すると異なった意味で解釈される場合があります。一部の米国人に、お辞儀が敬意ではなく、「謝罪」及び「弱い」と解釈されるリスクが高いのです。一方、黙とうは文化普遍的で、相手に対する敬意を表し、誤って解釈されるリスクは低いといえます。

 オバマ大統領は演説を終えると、被爆者の坪井氏に歩み寄り、アイコンタクト(視線の一致)を行い、敬意を払いながら積極的に同氏の話を傾聴していました。時々、同大統領は、頷き笑顔を見せながら耳を傾けていたのです。その間、同大統領と同氏は互いに手を離さずに握手をし続けました。この2人の握手は、人類上初めて原爆を投下した国とされた国が分かち合えるという歴史的メッセージを全世界に発信した瞬間でした。

 続いて、オバマ大統領は被爆者であり歴史研究家の森重昭氏の話を頷きながら聞入っていました。同大統領は、明らかに森氏の立場に自分を置いて感情移入を行っていました。

 これまでもオバマ大統領は、感情移入の能力の高さを示してきました。例を挙げてみましょう。2012年2月、フロリダ州で自警団員によって17歳のアフリカ系の少年トレイボン・マーティンが射殺される事件が発生しました。オバマ大統領には2人の娘がおり、息子がいません。この事件に関して同大統領はこう語ったのです。

 「もし自分に息子がいたら、トレイボンのようだっただろう」

 さらに、次のように述べたのです。

 「もし35年前だったら、自分がトレイボンのようになっていたかもしれない」

 同じアフリカ系のオバマ大統領も射殺されていたかもしれないという感情移入から生まれたメッセージです。

 今回の広島演説の中でも、感情移入を出した場面がありました。演説の終盤で「朝、子供たちが見せる最初の笑顔、夫婦のテーブル越しの優しい触れ合い、親からの暖かい抱擁」と語った場面です。オバマ大統領は、71年前に、広島にもこのような素晴らしい瞬間があったことを思い起こすと述べています。その際、同大統領は、当時の広島の家族、ことに子供たちと、2人の娘マリアとサーシャを重ね合わせているように窺えました。因みに、サンフランシスコにあるクリントン選対で働くボランティアの白人男性の運動員は、同大統領の広島演説の中で、この家族の普遍性について言及した点を評価しています。

 さて、オバマ大統領と言葉を交わしている森氏が感極まり涙をみせた時、同大統領は同氏を抱き寄せ、背中を優しくさすり軽くたたいたのです。原爆を投下した国の政治指導者と投下され被爆した市民が苦悩を共有し融和する瞬間でした。

 オバマ大統領は、被爆死した米軍捕虜と彼らの研究に時間とエネルギーを費やした森氏の存在を、広島から米退役軍人にアピールしたのです。結局、オバマ大統領と2人の被爆者との面会は、言語ではなく非言語が強いメッセージを発信したと言えます。


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