パリ協定に基づき既に排出量に関する目標を提出した国と地域は160だが、EU各国は独自の目標値は提出しておらず、28カ国による目標値を提出している。英国が離脱したために、この目標は再計算され、再提出されることになるはずだ。現在EUの目標値構成の1カ国となっている英国は、独自の目標値を提出する必要がある。英国は温暖化対策に極めて熱心な国で今までEUの温暖化対策、気候変動政策をリードしてきた。しかし、野心的な目標を提出するか否かは後継政権次第だ。
キャメロン首相の後任に温暖化懐疑論者の離脱派のリーダー、ボリス・ジョンソンが就任することになれば、英国の温暖化政策は大きな変更を余儀なくされ、パリ協定についても不透明感が漂うことになる。パリ協定を批准しないと明言しているトランプが米国大統領に就任することになれば、パリ協定は風前の灯火になりかねない。
どうなるEUの排出枠取引制度
EUは、気候変動、地球温暖化問題に対処するために、2005年からエネルギーを多く使用する域内の1万を超える事業所にCO2の排出量を割り当てる排出枠取引制度を開始した。大きなコストを掛けずにエネルギー効率を改善可能な事業所は割当量を下回る排出量を達成可能だが、割当数量を下回った分だけ排出枠を売却可能だ。割当量を上回る排出を行う事業所は、この排出枠を購入することで割当を達成する制度だ。
削減コストが相対的に低い事業所が削減を実行することで、全体の削減コストを引き下げながらCO2の排出量を抑制する経済的手法と呼ばれる政策だ。EUETSと呼ばれるこの制度は予想通り機能せず、制度を導入したEU本部は何度か修正を行うことになった。機能しなかった最大の理由は取引されるCO2の価格が安すぎるために、削減の意欲を多くの事業者が持たなかったことだ。
EUAと呼ばれる排出枠の現在の取引価格はCO2 1トン当たり5ユーロ(550円)前後だ。CO2の削減コストは事業者により異なるが、省エネが進んでいる日本では数万円程度と試算されている。欧州でも数百円で削減できる事業者はいないだろう。削減を行うよりも枠を購入するほうが経済的だ。なぜ、こんなことになったかと言えば、CO2の削減コストを把握することが難しく、適切な割り当てを当局が行えず、割り当てが甘いためだ。
EUでは、効率改善による排出抑制を進め、さらにCO2排出量の少ない燃料への切り替えを促進するために、割当数量を削減するなどのEUETS改善策を検討している。EUAの価格を上昇させる策だが、EUが望ましいとするEUAの価格は25ユーロ(2800円)だ。EU議会でこの改革案検討の先頭に立っていたのはスコットランド出身のダンカン議員だったが、英国のEU離脱決定後環境委員会に辞任を申し出た。EUETSの改革を誰が進めるのか不透明になってきたと報道されている。
EUAの取引には英国ロンドンに拠点を置く企業が多く参加している。英国がEUを離脱するとロンドンからEU域内に事務所を移転することも考えられる。国内総生産(GDP)に占める金融の比率が高い英国経済には打撃になるだろう。