2024年11月22日(金)

東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年2月17日

浜野  「監督、技術的にここまでです」と言われて、そんなもんかと納得してしまう監督はだめなんだ、と。

司会 はあぁ。リーダーシップ論一般に通じる含蓄に富んだ話ですね、それは。

原 でも言われる方は辛い。もうよろしいんじゃないですか、この辺で、と言いたいのに言えませんよね。

 面白いのは、そういうふうにいい意味でいじめられても、結果を見るとみんな納得せざるを得ない。 黒澤映画に記録(スクリプター)の係で『羅生門』からずっと係わって、最晩年まで一緒に仕事をされた野上照代さん(映画『母べえ』作者でもある)からね、僕んとこにハガキが来る。

「また召集令状です」と言いつつ嬉々として

原  「また、赤紙です。召集令状が来ました」ってね。「1銭5厘で召集されに行きます」なんて、黒澤監督に呼ばれるのを半分茶化してそう言ってたものですが、それでもみんな嬉々として…。

 行った先にしんどい現場が待っていることはみんな知っている。でも黒澤さんを中心にして絞り出し、絞り出ししていくうち、自分の中になかったものまで引き出してくれる。そうなるってことも知っているんですね。だから嬉々として向かうわけです。俳優もそうでしょうし、技術陣もそうでしょう。その中の喜びというのが、終わったときに出てくる。フィルムに焼きつくということでしょう。

 いま苦労しても、それが本人の自信やキャリアになるのだし、ましてお客さんが喜ぶ顔まで見られるんだから、そのために苦労するんだよってことは、黒澤さんの足元にも及びませんが僕も自分のスタッフに言ってます。

司会 原さんがおっしゃる技術力ですとか、絵の構成力といったことに加えて、浜野さんにもし同じ質問――黒澤明の国際的影響力とは何か――を伺うとすると、何でしょうか。

浜野 原さんと同じなんだけど、画家になろうと思った人ですからね。

 映画にはまだ時間の流れという要素がありますが、絵は二次元の画布ですべてを表現しないといけない。言葉なんかに頼らないでね。絵だけで何かを伝えるっていう訓練を若い頃徹底的にした。

 コトバじゃなく、絵だけで表現するということに極めて長けていた。そういう意味では、絵だけであれだけ表現できた映画監督というのは、いまもって黒澤明のほかにはいない。カメラマンとして同じことを会得していたスタンリー・キューブリック(1928年-99年)(4)くらいですね、あと1人挙げるとすると。

スタンリー・キューブリック(4)
米ニューヨーク州ブロンクス生まれの監督。代表作はSF三部作と呼ばれる『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』、『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』。

原正人(はら・まさと)
映画プロデューサー。
1931年埼玉県熊谷市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科中退。独立プロなどを経て、58年ヘラルド映画入社(61年日本ヘラルド映画に社名変更)。 81年ヘラルド・エースを設立、映画製作に乗り出すと共に、ミニシアターブームの基礎を作る。95年角川書店と提携し、96年エース・ピクチャーズに社名 変更。98年住友商事子会社のアスミックと合併、アスミック・エース エンタテインメントと社名変更、同社長就任。会長、相談役を経て、現在特別顧問。主な 受賞暦に日本アカデミー企画賞、日本映画テレビプロデューサー協会賞、藤本賞、淀川長治賞、日本映画ペンクラブ賞、フランスの芸術文化勲章オフィシェ等。

〈原正人氏 主なプロデュース作品〉


1983年 『戦場のメリークリスマス』 (大島渚)エグゼクティブ・プロデューサー
1987年 『瀬戸内少年野球団』 (篠田正浩)プロデューサー

1985年 『乱』 (黒澤明)プロデューサー
1985年 『銀河鉄道の夜』 (杉井ギザブロー)プロデューサー
1989年 『舞姫』 (篠田正浩)プロデューサー
1995年 『写楽』 (篠田正浩)プロデューサー
1996年 『月とキャベツ』 (篠原哲雄)エグゼクティブ・プロデューサー
1997年 『失楽園』 (森田芳光)プロデューサー
1998年 『リング』 (中田秀夫)エグゼクティブ・プロデューサー
1998年 『らせん』 (飯田譲治)エグゼクティブ・プロデューサー
1998年 『不夜城』 (李志毅 リー・チーガイ)プロデューサー
1999年 『金融腐食列島 呪縛』 (原田眞人)プロデューサー
2000年 『雨あがる』 (小泉尭史)プロデューサー
2002年 『突入せよ!「あさま山荘」事件』 (原田眞人)プロデューサー
2003年 『スパイ・ゾルゲ』 (篠田正浩)エグゼクティブ・スーパバイザー

2008年 『明日への遺言』(小泉尭史)プロデューサー
2010年 『武士の家計簿』(森田芳光)エグゼクティブ・プロデューサー(12月公開予定・現在制作中)

浜野保樹(はまの・やすき)
東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
1951年生まれ。工学博士。コンテンツ産業や制作に関する研究開発に従事する。主な著書に『偽りの民主主義』(角川書店)『模倣される日本』(祥伝社)『表現のビジネス』(東京大学出版会)などがある。現在、『大系 黒澤明』(講談社)全4巻シリーズが刊行中。(財)黒澤明文化振興財団理事、(財)徳間記念アニメーション文化財団評議員、文化庁メディア芸術祭運営委員ほか。

 



 


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