Nさんは現役時代から絵を描き続けてきた。引退後は100号の大作を三か月に一枚仕上げることを自らに課しており、昨年は名古屋で個展を開いたという。携帯に保存している大作を見せてもらうと細部まで緻密に描かれた異国の街や自然が広がっているがどこか仮想空間のような不思議な世界観である。
鉄人のストイシズム
このように好きなこと、やりたいことを全て実行するというのは翻って考えると実は大変なことではないかと想像した。「すきなこと、やりたいことをやれるなんて羨ましい。そんな時間もお金もないよ」と思う人間が大多数ではないだろうか。しかし、そうした見方は余りにも表面的な浅慮であろう。
たとえ退職して時間や多少のお金があっても、Nさんのようにそれを実践するのは至難の業ではないか。日頃から心身を鍛錬して、家事全般をこなし、家計を綿密に管理し、なおかつ家族全員を幸せにしなければ実現・継続できないことである。すなわち、家長としての全責任を果たして、そして残った時間を効率的に緻密に割り当ててやっと自分の好きなことができるのである。なんというストイックな生き方であろうか。
この巡礼道での邂逅から一年後にはNさんとアメリカのルート66をレンタカーで走破したが、氏を知れば知るほどストイックな生き方に魅了された。ゴルフやギャンブルなど遊び全般において『遊びは一生懸命真面目にやらないと面白くない』というが氏の生き方はまさにこの言葉を体現している。
⇒第18回に続く
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。