2024年11月22日(金)

読書

2016年10月15日

 今の日本、とりわけ大都市では、子どもの声が騒音と見なされ、保育園建設反対運動に発展することさえあります。その反対運動は、待機児童問題の解決に取り組む自治体の活動を阻害しています。この「子供の騒音問題」を社会制度の観点で捉えた場合、世界各国ではどのように制度設計しているのでしょうか? 本のなかで駒崎さんのお話は、子どもの声を騒音と見なす社会のありよう、制度の問題へと発展していきます。なかでも、ドイツの例を挙げて、子どもの声を騒音とはみなさない制度と社会を作る提案は大変参考になるものでした。

 おふたりの対話は、子どもを巡る日常生活の問題から社会の仕組みづくり、そして国のあり方へと発展していきます。子育ては小さな日常の積み重ね。そこに、喜びも大変さも詰まっています。しかし「大変さ」が閾値を超えて「社会課題」になる時、社会保障に頼る問題となり、税金配分の公平性という課題に直面します。

日本の子育て制度をミクロ⇔マクロ視点と多面的に理解できる

 数ある子育て関係書の中でも、本書が持つすぐれた特徴は、身近な問題と政治経済社会の大きな問題を往復する「思考の枠組み」を学べるところにあります。読みやすい対談形式の中に、日本の過去と未来、海外との比較など、説得力あるデータが自然に織り込まれているからです。その中のひとつでも、読み込み、納得し、自分の主張を強化するものとして使いこなすことができたら、子育て女性が働きやすい世の中にしていくために、自分の頭で考えて行動する大きな収穫になるはずです。

 例えば、出口さんはフランスの「シラク3原則」について解説します。フランスが出生率の回復に政策努力で成功したこと、その背景に手厚い育児支援があったことは、日本でも比較的よく知られています。けれどそれだけでは、日本や我々がどう受けとり行動すればいいのかが分かりません。

 出口さんの解説に納得感が高いのは、個人の幸せを考えるミクロの視点と国のあるべき姿を考えるマクロの視点が融合しているためだと、本を読みながら思いました。だからこそ読者は、「フランスはいいな」とうらやましがるだけでなく、良い制度を導入した背景にある「思想」を知ることができる。日本がその事例にならうために、何が足りないのか考えることができるのです。

 フランスが女性に優しいのはなぜか。その発端に、「フランス文化の担い手」を守る、という発想があったことを、出口さんは分かりやすく解説します。文化の担い手とはすなわち、「母語としてフランス語を話す人」であり、つまり、「赤ちゃんはフランス文化を守る大事な宝」である…こう定義づけたところから、フランスの手厚い育児支援と女性の意志を優先する政策が生まれたそうです。

 最近は、日本における育児支援も、少子化対策がきっかけで注目度を高めるようになりました。しかし、出口さんが解説するフランスほどの本気度が日本政府にあるかと言えば、今のところ、答えはノーでしょう。

 その状況を指して、育休中に上の子が保育園を退園になった問題を例示して、出口さんは言います。「その子にとっては、下の子が生まれるとか、お母さんが育児休業に入ることは何の関係もないことです(略)こんなめちゃくちゃなことをやっているのは、保育に関する予算が少ないから」。この一節に膝を打つ人は少なくないでしょう。

 そう。いまは、“めちゃくちゃな”状態なのです。保育園に入れないのは「都市の地価が高いから仕方ない」わけではありません。日本の現状がどのくらいおかしくて、どこに向かうのが正常なのかを「知る」ことは、今のおかしな育児制度をどう変えるか考えるための一歩になります。


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