2024年11月24日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2016年10月31日

 上記社説の強い懸念はもっともです。この法律は、国際慣習法上の原則である国家主権免除を修正するものであるのみならず、米国が他国の報復を招く恐れがあり、その影響は少なからざるものがあると考えられます。

 他国が同様な法律を制定すれば、米国政府、海外で働く米国の軍人や、政府関係者が他国の訴訟の対象となり得ます。さしあたって、ドローン攻撃やイスラエルへの軍事支援が訴訟の対象として考えられると言いますが、米国はどの国にも増して国際的に活動しており、訴訟の対象に事欠かないでしょう。

米議会の良識を疑う

 このように明らかに米国の国益に反する結果をもたらし得る法律が、上下両院の圧倒的多数で成立し、オバマ大統領の拒否権をも覆したことについて、米議会の良識を疑わざるを得ません。9・11以降、犠牲者の遺族らは、9・11のテロ攻撃にサウジ政府の関与があったとして、サウジ政府を訴訟するための法案の成立を求めて運動して来たといいます。最初の法案は2009年12月に提出され、2013年に再提出されて審議が行われ、今回の成立に至ったものです。

 9・11のテロ事件にサウジ政府が関与した確たる証拠がないにも関わらず、議会でこのような大幅な支持があったことは、9・11が米国にとりいかに大きなトラウマであったかを改めて示すものです。上記社説は、来年の選挙を控え、議員は9・11の犠牲者に対する正義を促進するように見える法案に反対できなかったのではないかと言っています。今回の法律の成立は、9・11と選挙の相乗効果のなせる業と言えそうですが、それにしても議会はこの法律が米国の国益に与えうる害につき、もっと議論すべきだったのではないでしょうか。

 近年、民主・共和両党の対決で審議が滞りがちな米議会に対する批判が高まっていますが、今回の法律の制定で、米議員がどこまで真剣に国益を考えているかについて、疑念を抱かざるを得ません。

  
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