2022年12月5日(月)

この熱き人々

2017年3月28日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「それまでダンスのレッスンをしたことがなかったのに、名物振付師に徹底的にしごかれまして、初めてダンスと本格的に向かい合ったんです。それと、お姉さんたちは1日4回のステージで、その前後の朝と夜に次回のステージの稽古をする。もう一日中踊っている。本当に踊りが好きなんだ、好きなら続けられるんだって気づかされました。売れない歌手のくせにヌードと一緒はイヤだなんてっていた私が、好きな道を徹底的に歩くお姉さんたちの輝いている姿を見て、遅まきながら一体何をやりたいのか、私はこの仕事が好きなのかと自問自答しました。もしやりたいことのイメージがあるなら、自分で努力して地道に勉強しながら一歩ずつ近づいていくしかない。落ち込んでいる場合じゃない。後ろを向いて拗ねてる場合じゃないって、吹っ切れたんです」

 やっと内から発光することを始めた夏木に注目したのが、ホールの常連だった演出家の里吉(さとよし)しげみだった。自らの主宰する劇団未来劇場に夏木を招き、舞台俳優としての第一歩を踏ませるために特訓したのである。

 「台本の読み方すら知らない私に徹底的に基礎から教え込んでくれたので、初舞台も何とか頑張れました」

 舞台俳優としての道を歩き出した夏木のもとには、劇団民藝、鈴木忠志、井上ひさし、蜷川幸雄らから次々と声がかかった。民藝では北林谷栄(たにえ)の特訓を受け、奈良岡朋子に教えられ、それぞれの世界をくっきりともつ個性的な演出家と組み、ミュージカルからシェークスピア、さらに前衛作品まで幅広い舞台で独特のオーラを放つ俳優としての位置を確立していった。と、誰もが思っていた30代後半。夏木はなぜか単身ニューヨークに渡っている。

 「自分の中で演劇がグチャグチャになってしまったんです。里吉さんに教えられることを懸命に吸収し、鈴木忠志さんはこう言っている、井上さんはこれを求めている、蜷川さんが創りたいのはこういうことと、精いっぱい応えているうちに、何が何だかわからなくなってしまって。私の中に確固たる演劇への志があり、基礎を固めて飛び込んだのなら、自分というフィルターを通して吸収できたのかもしれないけど、それが私にはなかったからだと思う」

 求められている完璧な色を出そう。出さねばならない。夏木の生真面目さが痛いほど伝わってくる。その結果、強烈な色が自分の中で混ざり合って、そもそも自分の色って何なんだろうと立ちすくんでしまう。真面目さと不器用さが夏木の生きる道を複雑に蛇行させているようで、周囲に与える直線的でシャープな印象とは裏腹の、曲線的で内省的な一面が感じられる。

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