2024年12月9日(月)

この熱き人々

2016年10月20日

 幼い頃に観た一本の映画。生の根源にある圧倒的な美に触れた体験が、映像の世界への扉を押し開けた。希望と絶望の合わせ鏡のような現実の中で分かち合い生きていく人の営みの尊さを、独特の視線と映像美で描き出す。

 『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』『繕(つくろい)い裁(た)つ人』と話題の映画を毎年世に送り出し、この秋には湊かなえ原作の『少女』が公開される気鋭の映画監督。撮影現場でカメラをのぞき込む厳しい横顔の印象を抱えつつ待ち構えていると、三島有紀子監督は、競技場に入るアスリートのようなパワーと少女のような軽やかさを漂わせて現れた。ちょっと意表を突かれ、剛と柔のイメージが行き来し、遠と近との間合いが変わり、腕を組む仕草にカントクの4文字にまた引き戻され……忙しく気持ちのピントを調整しながら、写真撮影中の三島を眺めていた。

 「撮影現場で写真を撮られるのは全然気にならないんですけど、こういうのは恥ずかしいですね。役者の気持ちがわかります。何が求められているのか空気を読んでいながら読んでないフリをしたり。悲しい性(さが)です」

 生まれながらに持っている性といえば、小学生の頃から三島は映画監督になりたいと思っていたそうだ。中学生の時には、将来の夢は映画監督と小さくて読めないような字で文集に記した。

 「父が映画好きで、監督といえば黒澤明監督とか小津安二郎監督。だから、大きな字で映画監督って書けなかった」

 たとえ大きな字では書けなくても、書かずにはいられない思いが確かに存在したということなのだろう。三島の記憶に最初の強烈な印象を与えた映画との出会いは、父に連れられて観たイギリス映画『赤い靴』。主人公のバレリーナが恋愛とバレエの狭間(はざま)で悩み、自殺をしてしまうという物語だった。

 「4歳の時でした。自分で死んでしまうということがあるんだというのがショックで1週間くらい眠れなかった。死ってどういうことなんだろうって、それからずっと考えていたような気がします」

 美しいバレエのシーン。大事にしてきた世界を自らの手で無にしてしまう自死。美しさと死。たとえ字幕は読めなくても映画が与えた2つの大きな衝撃は、美を求めてバレエを習うという変化と、傍らに常に死の影をまとわりつかせるという変化を幼い少女にもたらした。

 その2年後、6歳の三島は、隣町の駐車場で変質者にいたずらを受けるという不幸な出来事に見舞われている。


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