丹後地方に記録的な大雪が降った2月の中頃、「丹後を日本のサンセバスチャンにする」と言う老舗醸造所の五代目に会いに行った。そこで、ビジネスの戦略についての興味深い話を聞くことができた。
スペイン北西部にあるビーチリゾート、サンセバスチャンは世界一の美食の街として知られている。人口18万人に対してミシュランガイドの星付きレストランが24軒(密度は世界一)、旧市街には400軒ものバル(居酒屋)があり、世界中から美食を求めて人が集まる。2025年までに、人口20万人の丹後をそのような街にするというのだ。
その飯尾彰浩氏(以下五代目)は、まず明治時代に建てられた家屋を買い取り、それを含めて1億円ほどの投資をして改装を進めている。そこを仮に「新浜スクエア」と呼んで、7月にイタリア料理店と鮨店を開業する。そこからどのようにして、丹後を日本のサンセバスチャンにしようというのだろう。五代目から聞いた話を元に、その戦略を私なりに考えてみた。
酢のコンテキスト
京都からJRと丹鉄を乗り継いで接続が良ければ2時間ほど、天橋立の一つ手前の宮津にある飯尾醸造は、(五代目によれば)日本で唯一の酒蔵を持つ醸造所だ。冬の2カ月間は杜氏・蔵人が泊まり込みで、地元の契約農家で栽培され自家精米した無農薬のコシヒカリと五百万石(麹用の酒米)だけから酒を仕込む。そして、その酒だけを原材料にして米酢を造っている。
JAS規格では1リットルの醸造酢を造るのに、米を40グラム以上使っていれば米酢と表示することが認められているが、市販の米酢はさらに醸造アルコールも使われることが多い。醸造アルコールは安価であるだけでなく、前もって酒を造る手間が省けるため大幅なコストダウンにつながる。さらに強制的に空気を送り込んで発酵を早める通気発酵であれば2~3日で発酵が完了し1カ月ほどで出荷が可能になる。しかし飯尾醸造では3〜4カ月かけて静置発酵し、さらに8カ月以上の熟成を経て酢を完成させている。
飯尾醸造では、JAS規格基準の数倍の米を使っている。多くの米を使用することによって香りや旨み成分を増やすことができるが、大手メーカーの酢に慣れた一部の消費者にとっては逆に違和感のある香りが立ってしまうという問題があったという。それを長年の研究で解決し、基準の8倍の米を使用した商品も開発した。