既成概念を超えた作品群
コム・デ・ギャルソンといえば、黒を基調とした直線的なラインが特徴の洋服という80年代初頭のイメージをまだ持っていた著者にとって、この「Art of the In-Between」は衝撃的だった。
Miroslav Matusek撮影
川久保氏はマスコミ取材にめったに応じないことで知られているが、過去の彼女のコメントの中に「多くのデザイナーは、男性が好ましいと思う女性像に基づいてデザインをします。ですから、それとは異なる女性像で服を作るのには勇気がいるのです」という発言がある。それはファッションデザインに対する、彼女の基本的な姿勢を示しているのだろう。
だがそれにしても、ではこれは一体誰のために、何を目的として作られたのでしょうか、とつっこみたくなる前衛的な作品140点が、エキジビション会場内には並んでいるのだ。
「服ではない服」
展示されていたのは、いずれもコレクションで発表されたショー用の作品ばかりだが、非実用的をはるかに超えて、一体これをどのようにして身につけるのだろうか、という服もある。服というよりも、ソフト彫刻のような作品も少なくない。
ニューヨークタイムズ紙のファッションコラムニスト、マチュー・シネイアーによると、これらのショーコレクションの作品の注文が入ると、川久保玲氏は製作に手間がかかることを理由に苛立ちを示すのだという。これらはあくまで彼女のコンセプトを表現するためのものであって、一般消費者に向けて制作された作品ではないのだろう。
入り口にあるのは1997年に発表された通称「こぶドレス」と呼ばれたシリーズ。
「すでにみたものでなく、すでに繰り返されたことでなく、新しく発見すること、前に向かっていること、自由で心躍ること」
これは当時のコム・デ・ギャルソンのスローガン代わりに使われた文章だ。
着心地、機能性、見た目の既存的な美しさといった一般的なファッション概念を全て超え、川久保氏はひたすら新しいものを求め、創り上げていく。
ここ数年「服ではない服を作っていく」と宣言した彼女が、現在世界でもっとも影響力の大きなファッションデザイナーと言われているのは、ファッション界の抱える最大のアンチテーゼなのかもしれない。