個人情報の開示によって信用を得る人々
電子決済(モバイルペイメント)はビットコインに代表される仮想通貨と並んで今後の市場経済において重要な意味を持つが、本稿は経済的側面ではなく、決済情報から生じる諸問題を考えたい。
電子決済は小売りだけでなく、納税や年金、公共料金からローンの支払い、あるいは金銭の貸し借りまであらゆる決済を可能にすることから、現金を持ち歩かない人も多いという。だが実のところこの電子決済、企業が様々な情報からユーザーの信用度を格付けし、点数化と高得点者を優遇する点に特徴がある。
例えばアリペイには、アリババグループ傘下の信用調査機関「芝麻信用」が深く関わっている。芝麻信用は独自の基準でユーザーを査定し、信用度を350〜950点で評価。ポイントの高いユーザーには低利融資や保証金を不要としたり、ビザがとりやすくなったり、病院の支払いを診療後にできたり(長蛇の列に並ぶことがなくなったり)と、様々に優遇処置が施される(ウィーチャット・ペイを運営するテンセントにも、同様の信用情報システムが存在する)。
芝麻信用は決済情報だけでなく、信用度を5つの観点(身分、支払い能力、信用情報、交友関係、消費の特徴)から検討し、ユーザーに公表する。学歴や資産状況等の公開は任意だが、違反がなく社会的身分の高い人々は自己情報を多く登録し、高得点を叩き出している。
交友関係も調査されるこの信用度だが、ユーザーに示されるのは自身の点数のみであり、点数評価の詳細な基準は公開されていない。故に中国のインターネット上ではどうすれば点数が高くなるかが議論されており、募金をしたり友人の買い物の肩代わりをするとポイントがあがると言われている。要するに、「良い人」であれば点数が高く、優遇されるというわけだ。
上海在住のコンサルタント・アドバイザーの田中信彦氏はこうした点を述べた上で、信用度システムによって高得点を目指す人々が多くなり、「品行方正な中国人が増える」との指摘を行っている。もちろんこの指摘は単純に賞賛されるものではない、複雑な問題を抱えている。
使わないだけで損をする
高得点者もいれば、当然低得点者もいる。まずもって問題は後者の人々の扱いだ。高得点者が優遇されるだけなら不満も少ないが、低得点者が「冷遇」されるようであれば、事態は深刻さを帯びる。
すでに「芝麻信用」が持つ信用情報は、民間企業によって利用されはじめている。例えば北京市にあるレンタルマンション企業は芝麻信用と提携しているが、そこでは高得点者には予約や料金の優遇を行う一方、低得点者には最悪の場合予約を断る可能性があるという。同様に、就職や出会い系アプリなども信用情報をもとに優遇と冷遇がなされており、中国社会では少なくとも表向きには「品行方正」でなければ社会生活に大きな支障をきたすようになりはじめている。
さらに政府が民間企業の信用情報を利用するに至り、問題は決定的となる。中国政府は独自に国民の情報を取得・分析しているが、前述の田中氏によれば、政府保有の情報にもとづき、問題行為のあった人々には列車や航空機などチケット購入禁止措置が取られたという(中国では高速鉄道や航空機には身分証の提示が必要)。
そして貴州省では政府と「芝麻信用」が利用協定を結び、優遇と冷遇処置に取り組むと述べている。今後は政府データと民間の信用情報がますますタッグを組んで行くだろう。もちろんこれらは中国の治安維持のためのツールとして機能する一方で、人々は信用を得なければ相対的に損をすることから、人々はより道徳的な行動を「利益」の観点から行うことになる。
付言すれば、中国は2017年4月から国内で就労する外国人を点数化し、3つのランクに分けて優遇と冷遇を行う新制度を導入している。すでに信用や点数化は、日本人が中国で労働する際にも重要な問題となっている。本稿はこうした問題を前提として、この信用度システムについてさらに考察を深めていきたい。