店舗を構えるにあたって名物を
「ひとところに店舗を構えて落ち着きたい、高級志向の店にしたいという思いが強かったのでしょう。池のある中庭を作り、それを囲むような数寄屋造りにしました。お座敷の個室で、ゆっくりとくつろいでいただきたいと。うちは関東大震災で潰れ、戦争で焼け、そのつど建て替えているんですが、当初の造りを踏まえています」
立派な店を構えた以上、何か名物を作らねばならない。そう考えた鐵蔵氏が始めたのが、巨大なかき揚げだった。芝海老と青柳の貝柱。食材としては定番のものだが、その大きさが評判を呼んだ。
やがて、常連だった仏文学者の辰野隆(たつのゆたか)氏が、「雷神揚げ」と名付けた。雷門に立つ雷神の太鼓に似ているからだという。
この名物は、店主だけが揚げることを許される。今回、厨房にお邪魔してキスや穴子などを揚げる様子を見学・撮影させていただいたが、「雷神揚げ」については許可をいただけなかった。
一子相伝の逸品を食べてみると、サクッ(ひょっとしてパリッの方が近いか?)とした衣に、しっとりジューシーな具材。これだけ分厚いのにもかかわらず、どの部分にも均一に火が通っていることに感動する。「熟練の技が必要なんでしょう?」と尋ねると、「初代の頃は炭だったでしょうから、油の温度が安定してなくて大変だったでしょうね」とだけ答え、笑みを見せた。
胡麻油を使い魚介類だけを揚げる
ところで東京の伝統的な天麩羅には、ふたつの特徴がある。
「今ではまったく信じられないんですが、昔は隅田川で白魚が獲れたそうです。豊富な江戸前の魚介類を香り高い胡麻油で揚げるのが、江戸前天麩羅。