中高年の登山ブームの始まりとともに急増した遭難事故の主役は、当然といえば当然だが、やはり中高年層である。72年の統計では、全遭難者の約95%が10~30代の若者であり、50歳以上の遭難者は1人もいなかった。それが90年になると、40歳以上の中高年が占める割合は約57%となり、近年は80%を突破する年さえある。昨年も2085人の遭難者のうち40歳以上は1602人で、全体の4分の3以上に当たる76.8%を占めている。
この数字をさらに細かく見てみると、中高年層の遭難者のなかで最も割合が高いのは65~69歳の14.4%(301人)、次いで60~64歳の14.2%(297人)となっている。
中高年層の遭難事故のなかでもとりわけ高齢者の事故が目立つようになってきているのは、ここ数年の大きな特徴である。それは、高齢者が積極的に外に飛び出していっている現れなのだろうが、言い方を換えれば、自分の体力を過信しすぎて暴走し、挙げ句の果てに自爆する高齢者が増えているということになる。
なぜ遭難事故は 増え続けているのか
中高年層の登山ブームが始まったのは90年前後とされている。ブームは沈静化することなく、現象としてすっかり定着したといっていい。が、近年は業界関係者の間から「中高年登山者は頭打ちになっている」と指摘する声が上がっている。また、ここ1、2年は若者の間に登山・アウトドアブームが広がりつつあり、以前と比べると山で若者を見かける機会が多くなっているのも事実だ。
しかし、山における中高年登山者の存在感はいまだ圧倒的で、どの山に行っても彼らの元気な姿ばかりが際立っている。
では、なぜこれほどまでに中高年登山者による遭難事故が増えてしまったのだろうか。
今から半世紀ほど前、山というのは若者たちの独壇場であった。56年の日本人隊によるマナスル初登頂は、敗戦の痛手から立ち直れずにいた日本人に自信を植え付けると同時に、戦後初の一大登山ブームを巻き起こした。そのブームの中心にいたのが若者たちであり、彼らは仲間とともに山岳会を結成し、先鋭的な登攀へと情熱を駆り立てていった。その一方で登山の多様化も進み、アイスクライミング、雪山登山、沢登り、縦走、ピークハント、ハイキングなど、思い思いの楽しみ方で山と親しんでいた。
ところが、時代の流れとともに若者の気質も変化し、70年代半ばごろからだと思うが、徐々に若者の登山離れが進んでいってしまう。いつしか登山には「キツい」「汚い」「危険」の3Kのイメージがつきまとうようになり、体育会的な上下関係が敬遠されるようになったこともあり、高校・大学山岳部や社会人山岳会は、衰退の一途をたどっていく。
それに代わって山の世界に流れ込んできたのが、中高年世代だった。忙しい盛りを過ぎたサラリーマンが、あるいは子育てを終えた主婦が、余裕のできた時間とお金で「これからは自分の好きなことをやっていこう」と考えたときに、敷居が低そうに見える登山が格好のターゲットになったのである。