2024年4月20日(土)

ある成年後見人の手記

2017年8月8日

 施設に着くと、悦子母子を先に進ませ対面させた。由利子の口から飛び出した第一声は「あんた誰?」、そして私に気づき「ああ、やっちゃん」。

 悦子は当惑し「なんで分かるん?」。頬を流れる涙も見られない。由利子が実妹に「奥はん」とも呼び掛ける場面もあり、懐旧談も長くは続かない。

 皆が由利子の部屋に集まり、医師の説明を聞いた。すると次郎が「預貯金が1000万円あるそうだが、母は妹だから下ろせるはず」と言いだす。広末が「法律上そうはいかないんです。本人の前で、金の話はやめてください」。

 次郎が、何度も金の話をぶり返す。私も感極まり「あなた方は私より縁が濃い。あなた方が後見人を引き受けてもいいんですよ」。「いえ、ありがとうございます」と母子。

(iStock.com/Halfpoint)

 由利子がうつむく。空気が分かるのだ。「伯母さん、面倒を見るよ。そのために弁護士先生に来てもらったの。また有馬温泉に行こうね」。私はこう言って、気を紛らわせるしかなかった。

 帰り際、母子と早く別れようと思っていたら、「こんな所で放り出されても」と悦子。仕方なくタクシーで駅まで送った。「こんな所」って、実の姉の終の住み処なのに……。

 その後、由利子が亡くなる14年10月まで、血族の誰一人として由利子を見舞っていない。
(つづく・狙われた預貯金、財産回収に奔走【ある成年後見人の手記(3)】)
血縁に見捨てられた認知症の伯母【ある成年後見人の手記(1)】            

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