サイバー空間の権力論

2017年7月28日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

シェアサービスへの批判と対応

 大流行の一方で自転車シェアサービスには多くの批判が生じている。放置自転車が景観を損ねたり日常生活に支障をきたすといった批判もさることながら、自転車を故意に汚したり、ひどい場合には川に投げ込むような悪質ないたずらが問題になっている。社会には一定数の割合でモラルに反する人々が存在するが、この問題に対してどのような対応が可能だろうか。

(1)電子決済システムの信用

 本連載で指摘したように、電子決済システムには利用者の信用度に応じて提供されるサービスに特典が付与される。支払いの面などで優秀なユーザーの存在がわかる一方、モラルの悪いユーザーに関する情報共有などが可能であれば、シェアサービスの利用を禁止するといった措置ができるだろう(連載でも指摘したとおり賞罰システムには問題も含まれるが、ここでは可能性のひとつとして指摘するにとどめたい)。

(2)工学的制度設計

 「U Umbrella」の創業者は30万本の行方不明の傘について、ユーザーは返却したくないというより、返却のためのバーやフェンスが見当たらなかったことが原因なのではないか、と述べている。未返却で持ち帰ったとしても、再度利用するには利用料金がかかるため、ユーザーは自宅の傘を利用するだろう。ユーザーは単に置き場所がないから持ち帰ってしまったのではないか、というのだ。

 ならばフェンスを設置すれば返却率は向上するのではないか。もちろん闇雲に設置するのではない。例えば特定の駅で傘を利用し、特定の道路を利用したユーザーに返却率が低くなり、逆にある場所では返却率が高いといった情報は、ビッグデータからすぐに算出が可能だろう。同時に人工知能による解析を施せば、多くの人々が返却を考える場所に適切なフェンスを設置し、返却率の向上を狙うことができるのではないか。もちろんこうした作業はIT企業が得意とする分野である。

 傘にせよ自転車にせよ、何せその数は膨大だ。フェンス設置に関する制度設計の他、罰則規定やセキュリティ設計などから、ビジネスとしての成功とユーザーの人々のモラルの均衡点を導くことは可能だと思われる。ウォールストリートジャーナル紙によれば、ofoの自転車は製造コストが60ドル以下と安価な一方、セキュリティ等が初歩的なものにとどまり、いたずらなどに晒されやすい(失った自転車は全体の1%程度だが、数百万〜1000万を超える台数から考えれば数としては多い)。他方mobikeはGPS追跡機能や警報システムを搭載するためいたずらは少ない一方、製造コストは400ドルにのぼるという。

 製造コストとセキュリティが具体的にどの程度いたずらを誘発するかは、データ分析をしなければ見えてこない。だが罰則規定の明確化などを含めたIT工学的な制度設計は、結果的に人々のモラルを向上させることになるだろう。

制度・環境構築によるモラル向上

 我々は日々様々な事柄に目を配り、意識を働かせている。近代社会では仕事や人間関係、社会問題など、我々は意識や理性の活用をなかば強制的にされているのが現状だ。だがモラルとはそもそも意識を働かせて行うというより、自然と染み付いた所作として現れる。その都度人々の意識に訴えなければ成立しないなら、継続は不可能だからだ。ゴミを道端に捨ててはならないが、ゴミ箱が近くにあれば自然とゴミ箱に捨てるようになる。ゴミのポイ捨てを我慢するのは理性の力が必要だが、ゴミ箱が多ければ自然とポイ捨ては減少する。

 1964年の東京オリンピック以前の東京は、タバコのポイ捨てや立ち小便など、現在では考えられないくらい街はひどく汚れていたことが様々な映像などから伺える。その後東京オリンピックを前に、モラル向上のための啓発運動に加えて、ゴミ箱の設置数を増やすことから街はクリーンなものになっていく。これは我々の環境に対する意識が向上した一方、社会工学的な設計によって、意識することなくモラルに反する行為をしなくて済むような環境が構築された結果であり、そうした積み重ねが文化として定着し、結果的に人々の意識も向上する。

 ビッグデータや人工知能は、混雑したショッピングモールで人々の行動を分析し、適切な動線を配置するといった対応策を生み出している。中国のシェアリングサービスもこうした技術を活用し、人々のモラルの向上を図っていくのではないか。ITの力とはそのようにして行使されるものである。

 ただし、人が無意識のうちに行動を変化させることが技術によって可能ならば、必ずしも正しい行いだけに適応されるわけではない、という点には注意が必要だ。技術は毎朝健康食品を摂取する習慣を定着させることもできれば、それを健康を害する糖分や脂肪分の多い食品に代替することも可能だ。そしてこの技術の使い方を、誰がどのように運用するのが正しいのか。議論は尽きない。

  
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