足立倫行のプレミアムエッセイ

2017年8月26日

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 帰りの泳ぎは非常に辛かった。

 風に逆らって進むので、大きくなった波をまともに頭から被ってしまう。両足を蹴っても蹴っても成果なく、海水も冷たい。おまけに潮に流され、かなり沖に出ているようだ。

 「おいJ、大丈夫か、おい!」

 ふと気がつくと、Jが丸太に突っ伏していた。時折ズルッと海中に坊主頭が沈む。

 「泳がなくていいから、丸太を離すな!」

 この時私は、2人とも泳ぎが上手くない事実に改めて気づいた。泳げるが、得意ではないのだ。

 もしかしたら、このまま2人とも……。

 遠くに一艘のモーターボートが見えた。

 私は必死に手を振った。大声で叫んだ。

 私はJと同じ側に回り、彼の腕を握って彼と一緒に丸太にしがみつき、ボートを待った。気の遠くなるほどの長い時間だった。

 運転していたのは若いアメリカ人だった。引き上げられた甲板には、口紅の赤い、髪の毛を染めた水着姿の日本人女性もいた。

 カップルは我々には無愛想で、「せっかく楽しんでたのに、変なトコで変なガキを拾っちゃったな」という表情だった。女性の一言で、ホテルの桟橋に戻るらしかった。

 私は、お礼を言うべきだと思った。ガタガタ震え、唇が紫色のJは危ないところだった。とにかく目の前の2人は命の恩人なのだ。

 ただの、“Thank you”では足りない。そう思った私は、かすれた声を振り絞った。

 “You are a very kind man ”

 金髪の、20歳くらいのアメリカのGIは、チラッと私の方を見た。が、何も答えない。

 日本人の女性は、興味なさそうに前を見つめたまま、傍のコーラをラッパ飲みした。

 通じないのか? はじめて喋った英語が間違っていたのか? “You are very much kind”か、“Kindest man in the world!”と言い直すべきか?

 あれこれ文章を考えているうちに、モーターボートは彼らが泊まっているホテルの桟橋へと到着した。そこは、我々が丸太を見つけ海へと漕ぎ出した地点からも遠くない場所だった。

 私とJは、日本語でも礼を言い、ペコンと頭を下げてモーターボートから降りた。

 桟橋の海面にはたくさんのコンドームが浮いていた。登校途中の馬堀海岸の砂浜でも見かけたが、それよりも数がずっと多かった。

  
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