サイバー空間の権力論

2017年8月29日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

 グーグルもデータリンクの活動を許容しているわけではない。しかし、一度全世界に削除を適応すれば前例をつくることになり、他の判断が難しい削除要求もまた全世界に適応されかねないという問題がある。例えば日本のアニメや二次創作コンテンツは、しばしば欧米においてポルノとみなされることがある。その際、特定の国家においてコンテンツに関する検索結果が削除されたとしても、それを日本や世界中に適応すると問題が生じる。なぜなら文化や地域によって性や暴力、あるいは政治をめぐる解釈は異なる場合があり、特定の国の基準で削除が全世界に適応されてしまえば、他国では問題ないコンテンツへの検索表示もできなくなる恐れがあるからだ。

 また一度全世界への適応を認めれば、ある国では検索結果を残すべしと逆に訴えられることにもなりかねない。ましてや世界全体共通の削除基準をつくることは、明らかな暴力など了解されやすいものでない限り難しいことは、上述のとおりだ。世界共通の削除基準は、逆にインターネット空間の縮小を招くことにもなるために、現状ではグーグルはなんとか個別の削除範囲に抑えようとしている(これに関してはアメリカの市民団体(EFF)などもグーグルを支持している)。

 この問題は、現在とは異なる過去の情報について削除を行う「忘れられる権利」についてグーグルが直面していることでもある。忘れられる権利については本連載でも議論したが、これもまた削除範囲をどのように決定するかは困難だ。削除が全世界に適応すればビジネスにも影響が出る他、これまで以上に削除依頼が殺到し、インターネットに恣意的な操作が可能になってしまうことが予想される。とはいえグーグルこそがインターネットを恣意的に牛耳っている、という指摘も他方で存在しており、Equustekの訴えが間違っているわけでもなく、ここでは困難なバランスが要求されている。

 最終的には経営的な判断からグーグルは諸国家の判断に従うことが予想されるが、特に忘れられる権利を巡ってはEUが削除範囲をEU以外の範囲に拡張することを目指しており、これもグーグルにとって深刻な問題だ。中国・ロシアがインターネットから離脱しかけているが、グーグルは逆に「世界共通」で情報が削除される恐れに直面している。

「世界共通のインターネット」は終焉を迎えるのか

 グーグルにせよ中国・ロシア問題にせよ、結局のところ我々はもはやインターネットがひとつの共通空間であるという認識を持ち難くなっている。最後に、世界共通であることに何の意義があるかについて言及しておきたい。

 昨今は国家間対立だけでなく、国家内部の市民同士の対立はアメリカや日本においても激化している。特にアメリカの人種や政治をめぐる対立は、もはや市民同士が敵対する市民の個人情報をネットに晒し合う戦いにまで発展してしまっている。これらdoxingと呼ばれる晒し行為は最近、クラウドファンディングによって特定者に報奨金が払われるまでに至っている(これについては筆者が他媒体で論じている)。こうして共通の基盤をもって対立する両者が議論することがますます困難な時代となり、インターネットの「世界共通」という理念もまた維持が困難であることがわかる。

 こうした問題は日本や日本人にとっても他人事ではない。中国やロシアの人々との交流が難しくなれば、いたずらに対立感情を煽るような言説に接近したとき、人は対話への意思が挫かれてしまうおそれがある。また海外の判例によって日本人が必要とする情報が検索結果から消去されてしまえば、同じく歴史認識や政治的・文化的な共通意識を世界全体で構築していくことが困難となる。

 世界共通のインターネットには問題が多くあるのも事実だ。しかし、それでも共通基盤のもとで(時に大きな)対立と対話を行い続けるか、さもなければこの基盤から離脱し、対立を回避して棲み分けを行うかのいずれかの選択が要求されることになる。リベラルな思想が要求する理想的な対話環境として想定されたインターネットは、今や岐路に立たされている。

  
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