2024年12月8日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年9月5日

 トランプ大統領は対ロ関係改善を標榜してきましたが、米議会はほぼ全会一致で対ロ制裁強化を決定しました。この件につき、エコノミスト誌7月27日号の解説記事は、与党・共和党がロシアに関しては自党の大統領を信用していないと表明したに等しく異常な事態だ、と言っています。要旨は次の通りです。

(iStock.com/tkacchuk/Tigatelu/ KrizzDaPaul)

 7月25日、米下院は対ロ制裁を強化する法案をほぼ全会一致で可決、上院も後に続くと思われる。ロシアの米大統領選介入とウクライナ侵略を罰するためで、議会は夏休み前に大統領の署名を得ることを目指している。

 その意味するところは重大だ。いずれ対ロ制裁を解除しようと思っていたトランプは、そのために必要な大統領権限を奪われることになる。勿論、拒否権はあるが、上下両院共に3分の2以上の多数によって覆されることから、トランプは同法案を受け入れる外ないかもしれない。

 法案はこれまでの対ロ制裁を固定、拡大するもので、ロシアのエネルギー関連企業や銀行に加えて、同国の国防・諜報部門と取引する企業等が新たに制裁対象になる。選挙中からロシアとの関係改善を標榜してきたトランプにとっては打撃だ。その後明るみに出たクレムリン関係者とトランプ側近らとの会合も関係改善が目的だったようだ。

 一方、プーチン――彼が選挙介入工作を許可したのは間違いないと米情報機関は見ている――には、トランプが大統領になれば制裁を緩和すると思える理由があったのかもしれない。ロシア経済は、石油価格の低下と西側の制裁のために2015年に急激に縮小、以来低迷が続いている。

 トランプとプーチンの行き過ぎで制裁緩和は政治的鬼門となったが、トランプの屈辱はそれだけではない。与党・共和党は、要するに、大統領はことロシアに関しては国益に資すると思えない、と宣言したのだ。大統領令による制裁の一時停止は不可、という法案の規定は、そうとしか解釈できない。

 これでトランプは、ウクライナ関連の制裁を解除するには、制裁の原因となった状況――ロシアのクリミア占領とウクライナ東部での分離派の支援――の消滅を示す証拠を、サイバー攻撃関連の制裁解除には、ロシアがその種の活動を取り締まったことを示す証拠を提示しなければならなくなった。

 ティラーソン国務長官らは、これは有害な前例を作ると警告。実際、議会が大統領の手を縛ることで、将来の政権の外交能力――状況の変化に対応する柔軟性が必要――は弱体化しかねない。また、解除のハードルがあまり高いと、制裁は、事実上、恒久化してしまう。

 欧州の同盟国も法案の影響を心配している。既にベルリンやブリュッセルでは、ノルドストリーム2に関わる欧州企業が制裁対象になるとして懸念を呼んでいる。

 では、当のトランプは自らの外交能力が制限されることにどう反応するだろうか。イラン核協定から脱する決意を固める可能性がある。対イラン制裁の一時停止は、90日毎に国務省がイランの協定順守を確認、議会に報告し、これを大統領が認定して継続される。トランプはこれまで2回渋々認定したが、次回10月は認定しないことを検討し始めたようで、ティラーソンを避けて協定の取り消しに必要な証拠と論拠を提示するようホワイトハウスのスタッフに命令、ティラーソンはこうした境遇にうんざりしていると言われる。

 トランプはイラン核協定を放棄したいのか、それとも再交渉――他の関係国は既にこれを除外――したいのか、これはまだはっきりしない。しかし、イランに関しては、どう決定しようと、トランプはほぼ確実に議会で共和党の支持を当てにできる。対ロ制裁に関わる権限喪失という屈辱を味わった後では、事態を主導する決然たる指導者と見られることへの欲求は抗し難いかもしれない。

出典:‘Congress does not trust the president’(Economist, July 27, 2017)
https://www.economist.com/news/united-states/21725603-vote-republicans-bind-hands-president-their-own-party


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