買収先の経営を担えないサラリーマン社長
海外M&Aにおける失敗のもう一つの典型事例は、買収先の経営を十分に行えず、シナジーの実現はおろか、ガバナンスを効かせることもできない状態に陥ることである。結果として提携の解消や持ち分の売却を余儀なくされる事態につながる。
成長戦略の一環として実行する買収においては、買収先とのシナジーを実現して初めて成長できる。そのためには、買収後の現地企業の統治(ポスト・マージャー・インテグレーション、以下PMI)が決定的に重要である。PMIは、買収者が買収先を効率的に経営する態勢を整える作業だ。
買収の検討を行う際には、買収後の経営を任すことができる人材を社内に有しているのが前提だ。しかし日本の企業には、十分な英語スキルを身につけた人材すら多くない。言葉や文化が異なる海外企業の経営ができる人材がいなければ、買収後の経営は、旧経営陣に委嘱するのが一般的だ。その上で買収先に派遣される人員は、旧経営陣の経営観や哲学をまず理解し、買収後の新しい経営方針を旧経営陣に理解させ、彼らをして新しい方針を社内に周知・浸透させねばならない。
欧米やアジアのグローバル企業においては、経営職階は外部から登用したいわゆるプロ経営者が担うことが多い。一方、日本の企業においては、サラリーマンの出世の到達点として経営職階が存在する。日本独自の合議制・稟議システムは、単に時間を要するだけでなく、事業のリスク・リターンに対する判断の責任の所在を曖昧にする。そのような環境に慣らされたサラリーマンは、自分で判断しなくなり、結果、事業家・起業家としてのマインドとスキルを得られない。
派遣されてきた人材に力量がなければ、PMIを推進することはできない。いきおい本社の方を向いて指示待ちとなる。そのような状況では、旧経営陣や従業員に足元を見られる。実際、買収先の旧経営陣をコントロールできないという「悩み」は、アドバイザリー会社にもよく届く。
私の所属企業が実施した調査で、面白いデータがある。M&Aにおいて日本企業が一番重視するのはDDであった。かたや欧米企業が重視するのはPMI。競争的環境でDDが十分できないという現実。その上でPMIにプロ経営者を送り込めない日本企業。異文化の買収である海外M&Aにおいて、失敗する原因がまさにここにある。
日本企業のM&Aの歴史はPMIの苦難の歴史であったが、失敗を糧にして新しい潮流が生じてきている。
一つは、投資銀行やアドバイザリー会社による持ち込み案件、いわゆる「出物」に飛びつかない企業が増えていることだ。彼らは、自らターゲットを見出し、プロアクティブに買収や戦略的提携の提案を仕掛けるのが特徴だ。実際、私が現在手掛ける案件の内3件は、クライアントがターゲットを選定してきて、「そこに対してアプローチしてくれ」というリクエストだ。これは理にかなったアプローチである。