おそらく中国は、これから多くの漁船を尖閣諸島に集中させ、付近に居座り、漁はもちろん魚の処理等までを行う漁業基地を尖閣諸島につくるでしょう。こうした中国の漁船には、軍艦を改造した中国政府の公船である「漁業監視船」がついてきます。とすれば、日本の巡視船が中国漁船を取り締まることは、完全に不可能になるでしょう。
なぜならば、海上保安庁の巡視船ではもはや危険にすぎるからです。中国の監視船は、海軍の艦船を形の上でだけ退役させ、“非軍事分野の船”にしているため、高度な武装を施しています。船によっては、20ミリ機関砲を搭載していたり、中には魚雷発射管を残しているような船もある。こうした船に日本の海洋巡視船が対応することは、非常に危険な行為です。
つまり、日本は、尖閣諸島の実効支配を失いつつある、と言って過言ではありません。国際社会は、実力で領土を支配している方を正当と見なします。日本の巡視船を追い出し、既成事実を作って「中国の支配下にある」ことを示して公然とふるまわれるようになれば、国際裁判に出ても、もはや日本は勝つことはできないでしょう。
そもそもなぜ中国が尖閣諸島を国家の「核心的利益」としてこだわるのかと言えば、これは単なる島の領有をめぐる問題ではなく、東シナ海全体の支配をめぐる問題だからです。
日本は、国連海洋法によって、東シナ海のほぼ中央に「日中中間線」を設定しており、中間線から東は日本の排他的経済水域、西は中国の排他的経済水域としています。日本政府は一貫してこの立場を維持していますが、中国はそれを認めていない。中国はいまだに古い理論で、中国の大陸棚が続く限りは自国水域であるという「大陸棚」説を主張しています。地理的には、沖縄本島のすぐ手前にある「沖縄トラフ(海溝)」までが自国の経済水域だというわけです。つまり東シナ海は全て「中国の海」だというのです。
尖閣諸島は日中中間線、沖縄トラフよりも、かなり中国側に位置している。もし尖閣諸島が日本のものということになれば、日本の領土から12海里が領海、そしてその外側から200海里が日本の経済的水域ですから、尖閣諸島が日本領ということを認めると、経済水域の境界はぐんと中国に入り込んでくる。当然大陸棚説は崩れるわけです。したがって中国は、東シナ海全体を何としても中国の「内海」化するためには、是が非でも尖閣諸島を実効的に領有しなければならないのです。
東シナ海をすべて支配しようとするのは、一つは石油など資源の独占ということですが、もう一つは太平洋に進出する中国海軍の通り道を支配したい、という戦略からです。
「船長の釈放」という今回の出来事は、中国側の論理に押され、尖閣諸島の喪失につながり、中国の排他的経済水域を大巾に広げることを主張しやすくさせてしまったのです。
(2)法治主義という、国としての建前
民主党政権は最初、「漁船衝突には粛々と国内法で対応する」と発表しました。しかし最後は法の支配を放棄し、司法権に圧力を加えた上、完全な腰砕けになった。
歴史的に見て、明治初期の弱小国家であった日本でさえ、大津事件(注)にみられるように、法治主義を貫徹したわけです。以来日本は、法治国家としての国是を守り続けてきた。
この事件は、行政の干渉から司法の独立を確立し、三権分立の意識を広めた重要な事件とされている。