2024年12月22日(日)

イノベーションの風を読む

2017年10月26日

 iPodの父と言われているトニー・ファデルは、「DJをしていたときに、毎日大量のCDを持ち歩かなくてはいけなかったので、大量の音楽を入れられるプレーヤーが欲しかった」と、iPodの原型となる製品をつくった動機を説明しています。同じくウォークマンの父、大曽根幸三さんは、ソニーの創業者の井深大さんから、「海外出張に行くときに、飛行機の中で自由に音楽を聞けるものが欲しい」と相談されたことがきっかけだったと回想していました。

(GeorgeSteinmetz/GettyImages)

 ファデルは、iTunesに繋がる専用の音楽プレーヤーをつくりたかったスティーブ・ジョブズに雇い入れられたアップルでiPodを完成させました。ジョブズの狙いはMacの価値を向上させることで、二人の思惑は異なっていましたが、ファデルがプロダクトマネージャーとして発揮した力は、iPodの成功に欠かせないものだったと思います。

ハードウェア起点では、機能の追加や性能の向上といった「正常進化」しか考えることができません。それは他社の製品と比較することが容易で、新製品の企画会議での合意も得やすい。そして、過去の製品の陳腐化戦略というお呪いで、縮小する市場で絶望的な製品をつくり続けることになります。

 『日本メーカーに出して欲しかったカメラ』はこのように結びました。先がない絶望的な製品や、手持ちの技術から思いついたアイデアをそのまま製品化してしまったような、残念な製品をつくり出してしまういちばんの原因は、製品開発のプロセスにおいてプロダクトマネージャーが機能していない、あるいは存在すらしていないことです。プロダクトマネージャーの仕事は、製品のアイデアの市場性と実現可能性を評価することと、開発すべき製品を明確に定義することです。

 設計工学において用いられているプロセス論では、顧客領域で顧客ニーズを明確に定義し、それを満たすために必要な最小限の機能を機能領域で要求仕様に落とし、それを実体領域で設計し、プロセス領域で生産を行うとされています。製品の提供価値の実現に責任を負うプロダクトマネージャーは、この顧客領域と機能領域で大きな役割を担います。

 一般に、機能領域の段階で製品の企画会議やデザインレビューなどが行われ、そこで承認された機能仕様がエンジニアリング部門に渡されて、実体領域から正式な開発プロジェクトがスタートします。そのときまでにPM(プロジェクトマネージャー)が任命され、実体領域の責任者であるチーフエンジニアも決定されます。

 デジタル時代になって技術開発のスピードが早まり、多くの製品の開発サイクルが短くなりました。その結果、性能や機能が、競合の製品や過去の自社製品に対して上回れば良いという安易なプロセスが蔓延るようになって、顧客領域や機能領域ですべきことがなおざりにされています。顧客ニーズや提供価値などの観点からではなく、マーケティング部門からの要求や実現の難易度で製品の仕様が決められてしまったりもします。そこでは、実体領域とプロセス領域の組織の強化と効率化に力が注がれます。

 その製品の市場が成長を続けている間は、それでうまく行くこともありますが、その状態が幸運にも長く続いてしまうと、プロダクトマネージャーの仕事をする人材が失われて組織が弱体化して行きます。しかし、成長はいずれ止まります。そのときになって、事業のイノベーションや新しい製品を開発する術を失ったことに気づくことになります。それでも、相変わらず同じ開発プロセスを繰り返し、絶望的な製品をつくり続けるのは、問題を指摘しても、それを解決する答えを誰も提案することができないからです。「王様は裸だ」と声をあげると、周囲から白い目で見られてしまいます。

 優秀なプロダクトマネージャーがいなくてもできることは、他社の新しい製品を模倣することです。それに機能を足したり性能を向上させて、機能仕様書を作成することは簡単です。あとは、PMとチーフエンジニアが実体領域からの開発プロセスを遂行すれば良い。『中国を見よ!AIスピーカーをやっている場合ではない理由』で取り上げた、日本のメーカーが相次いで発表したスマートスピーカーは、そのように生まれたものの匂いがします。


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