――財政赤字が続く行き詰まった状況を変えるために、政策面で日本が参考にできる国はありますか?
田中:制度の仕組みで言えば、ドイツとフランスでしょうか。長期雇用や男性稼ぎ主型家族も日本と似ています。ただ、両国のような保守主義レジームは、00年代からさまざまな改革を行ってきました。ドイツは市場を重視した改革を行い、フランスはそれまで排除されてきた貧困層や失業者、女性といったアウトサイダーへの支援を手厚く行い、社会的包摂政策を展開してきた。そのまま真似する必要はないですが、両国の取り組みを参考に日本の道を探っていくべきでしょう。
――田中先生は具体的にどのような改革を考えていますか?
田中:若年層への支援をどのように行うか、がポイントだと思います。日本の場合、中高年齢層の特に男性正社員は、これまで制度的に守られてきました。本のなかでは「インサイダー」と称しました。一方、若者の非正規労働者や女性は雇用や福祉制度から外れ、「アウトサイダー」になってしまった。しかも、このインサイダー/アウトサイダーの分断を維持したまま、90年代以降に保護や規制が引き下げられたため、アウトサイダーが放置され、さまざまな問題を引き起こしている。このインサイダー/アウトサイダーの壁をどう取り払うか。方法は2つあります。1つは雇用を流動化し、社会保障を民営化するなど民間企業が参入できる仕組みをつくることです。これは新自由主義と呼ばれる方法です。
もう1つは、保育、教育、就労などへの公的な支援により、すべての人が同じような選択機会を得られるようにすること。これには今より多くの財源を必要とします。
近年の左派では、平等よりも自由が重視される傾向があります。働き方やライフスタイル、家族の形はますます多様になっている。たとえば、たくさん働いてたくさん稼ぎ、キャリアアップしたいという人もいれば、働く時間や稼ぎはそこそこでいいので、私生活を充実させたい人もいる。家族の形にしても、日本では男性稼ぎ主型がいまでも主流ですが、一人で生きていく、またはシングルマザーやシングルファザーとして生きていく選択肢もある。どれを選択しても不利な生き方にならないよう、選択の多様性を保障する。特に子供に対して機会の平等を保障する。
どちらの方法を選ぶにしろ、政治の側が財源・雇用・福祉を横断する政策のパッケージを示し、選択肢を提示することが重要です。
――そうすると、政治家にこの本を勧めたいですか?
田中:申し訳ないですが、今の政治家やマスメディアにはあまり期待していません。今の政治は非常に短期的な視野で動いていて、政界の中で離合集散を繰り返している。マスメディアも、誰と誰が仲が良いとか悪いとか、あいかわらず政局報道が中心です。
私が期待するのは社会運動などのボトムアップの動きです。しかし、残念なことに戦後日本の社会運動は、政治や権力への警戒心が強く、政治家や政党に近づけば裏切り者扱いされてしまうこともある。たとえ政治が嫌いでも、社会を変えたいと思うなら政治に働きかけるしかない。しかも、運動団体同士も仲が悪い。フランスなどを見ていると、最終的にいろんな運動体が連携し、一つの政策をつくって政治に働きかけている。いまの政治に反映されていないアウトサイダーの利害を統一し、政治を動かすことが必要だと思います。そういった関心を持つ方、そしていまの社会がおかしいとは感じているけれども、どこがおかしくて、どうすればよいかわからないという疑問を持つ方にとって、本書が何らかのヒントになればと思っています。
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