西山隆行が読み解くアメリカ社会

2017年11月24日

»著者プロフィール
閉じる

西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

 保守的なアラバマ州において、伝統的価値とキリスト教倫理を強調するムーアは象徴的存在となっていた。1997年から20年以上上院議員を務めていたジェフ・セッションズが今年2月にドナルド・トランプ政権の司法長官に就任したのを受けて、アラバマ州知事は実務家のルーサー・ストレンジを暫定的な上院議員に指名した。それ以後、共和党は補欠選挙の候補を選出する予備選挙を行ってきた。そして、トランプがストレンジを推し、保守的政治解説者のショーン・ハニティやアン・コールターなどがモー・ブルックス連邦下院議員を推す中、トランプ政権誕生の立役者であり政権発足当初は主席戦略官を務めていたスティーヴン・バノンの支援を受けたムーアが勝利したのである。トランプ政権の高官や党主流派でムーアを推したのは住宅都市開発長官のベン・カーソンだけであり、ムーアは党主流派への反逆を象徴する候補と目されていたのである。

ムーアに撤退を求める声も強まるものの……

 保守的なアラバマ州で、保守性を売りにしていた候補が性的スキャンダルに見舞われたことは共和党にとって衝撃だった。アラバマ州は、南北戦争終了後の1871年からの110年間、エイブラハム・リンカンの党である共和党の候補を選出することを拒み続けてきた。それが、民主党が人種やジェンダーの問題で進歩的立場をとることに反発し、現在は強固な共和党支持州となっている。

 このような共和党の地盤となっている州で共和党候補が敗北することになれば大問題なので、共和党主流派は選挙を延期する方法はないか、模索していた。例えば、暫定上院議員のストレンジを選挙前に辞任させれば特別選挙を新しく行うことの根拠になるのではないかという案も出た。しかし、選挙日程を延期する権限を持つケイ・アイヴィー州知事は、その可能性を否定している。

 ムーアに選挙戦からの撤退を求める声も強まっている。だが、ムーアはそれを、政治に信仰を取り戻そうとする者に対して行われた宗教戦争だと主張し、拒否している。そこで共和党主流派の中には、ムーアは候補として残るとしても、ムーア以上に人気のある人物の名前を投票用紙に手書きで書き込んでもらい(アメリカの投票用紙には予め候補の氏名が印刷されているが、それ以外の人物の名を書き込むことも認められている)、その人物に上院議員を務めてもらう可能性はないかと模索している。だが、アラバマ州でそのような威信を持つのはセッションズ司法長官ぐらいしかおらず、セッションズはその動きに協力する意思がないと報道されている。今日ではすでに上院選挙の在外者の郵送投票も始まっており、既にムーアの名前が投票用紙に印刷されている以上、仮に書き込み投票でセッションズに投票する動きが出たとしても、共和党の票が分裂して民主党候補を利することになる可能性が高い。

大統領選と同じ理屈で、福音派はムーアに投票するのか

 このような状況の中で、アラバマ州の福音派は重大な選択を迫られている。

 そもそも2016年大統領選挙以後の展開は、アメリカの福音派にとっては大きな試練だった。福音派は共和党の予備選挙で、キリスト教倫理を強調するカーソンやテッド・クルーズを支持しており、様々なスキャンダルを抱えるトランプを支持したくないと考えていた。だが、トランプが共和党候補となった後は、本選挙で、スキャンダルまみれのトランプに投票するか、それとも、人工妊娠中絶を女性の権利と位置づけ、同性婚を支持するヒラリー・クリントンに投票するかの選択を迫られた。その結果、福音派は、より小さな悪としてトランプに投票したのである。

 公共宗教調査研究所とブルッキングズ研究所の共同調査によれば、個人生活でモラルに反する行動をとる人が公の場では倫理的な行動をとることができると考える人の割合は2011年には44%だったのが2016年には61%に増大し、福音派については30%から72%に跳ね上がっている。実際、2016年大統領選挙では福音派の約8割がトランプに投票している。この決断は、福音派の人にとっては大きな決断だっただろう。

関連記事

新着記事

»もっと見る