自らも性的スキャンダルを抱えるトランプはムーアを支持
以上の調査結果を踏まえて、一連の選挙戦と選挙結果について、興味深い点を4つ指摘したい(なお、選挙戦については先日発表した別稿を参照していただきたい)。
第一は、スティーヴン・バノンとトランプの影響力についてである。
今回の補欠選挙は、1997年から20年以上上院議員を務めていたジェフ・セッションズが2月に司法長官に就任したのを受けて実施された。上院議員が職を離れた場合、その議員を選出した州の州知事が、補欠選挙で正式な後任が決まるまでの間に暫定的に任務を果たす人物を指名する。アラバマ州知事はルーサー・ストレンジを暫定的な議員に指名しており、共和党予備選挙に際して、トランプはストレンジを推していた。他方、トランプ政権誕生の立役者だったバノンは、ムーアを支持した。トランプ政権の高官や党主流派でムーアを推したのは住宅都市開発長官のベン・カーソンだけであり、ムーアは党主流派への反逆を象徴する候補と目されていた。
共和党候補となったムーアに性的スキャンダルが発覚した際、共和党のミッチ・マコーネル上院院内総務らは、もし本選挙でムーアが勝利したとしても、憲法の規定に基づいてムーアの議員資格を剥奪するよう提案し、それに対する賛同が広がっていた。アメリカで最も厳格なキリスト教保守主義者の政治家として知られるマイク・ペンス副大統領も、マコーネルと電話で会談した際、その案に反対しなかったと報道されている。そして、マコーネルや政府高官はトランプ大統領に対し、上院とアメリカ政治の尊厳を保つためにも、ムーアを支持しないように依頼したと言われている。
にもかかわらず、トランプ大統領は選挙が近づく中でムーア支持を表明した。自らも性的スキャンダルを抱え、被害者を自称する人々の発言は虚偽だと主張しているトランプにしてみれば、ムーアのスキャンダルを認めてしまえば自らのスキャンダルも再び大問題となることが予想された。また、トランプは、今回の選挙でムーアが勝利すると見込んでいたがために、ムーア支持を表明したのかもしれない。
ムーアはバノンの支持を得なくても予備選挙で勝利していた可能性が高いし、本選挙については、ひょっとするとトランプが支持表明をしたことによってムーアに対する支持が増えた可能性もあるかもしれない。だが、共和党候補が圧倒的に有利とされるアラバマ州で、ムーアは敗北したのである。今後共和党内で、保守的なアラバマをバノンのせいで落とした、それにトランプも巻き込まれた、という声が強まる可能性があるだろう。バノンとトランプは選挙に強いという神話が崩れる可能性がある。
今後はスキャンダル合戦や
ネガティブ・キャンペーンが繰り広げられる?
第二は、連邦議会上院の構成がより僅差となることが、今後の政党政治に及ぼす影響についてである。現在の上院の議席は共和党が52、民主党系が48となっているが、ジョーンズが就任する2018年1月以降は、共和党が51、民主党系が49とより僅差となる(なお、民主党系には、バーニー・サンダースのような無所属候補が含まれる)。
アメリカでは、連邦議会選挙に際しても候補者が予備選挙や党員集会で選ばれるため、党指導部は候補者任命権を持たない。党指導部とは異なる政策を掲げて当選する候補が存在することから、政党規律は弱く、党指導部の方針に反する行動をとる議員は常に存在する。現在でも上院は共和党議員3人が指導部の掲げる方針と異なる行動をすると法案を通すことができなくなるが(なお、上院で賛否が50対50に分かれた場合は副大統領の投票で結果が決まる)、1月以降は共和党の党運営がより困難になるだろう。
共和党は、ティーパーティなどの保守派が抵抗することで主流派による党運営を妨げてきた。また、主流派がオバマケア撤廃などの保守的な方針を示した際には、穏健派議員を説得するのに困難を伴ってきた。トランプ政権誕生後は、トランプと関係を悪化させているボブ・コーカー議員のように、大統領の方針に徹底して反対する議員も存在する。共和党は薄氷の議会運営を迫られているが、議会運営は1月以降より困難になる。そのため、税制改革など、現在議題に上がっている事柄については、年内の決定を急ごうとするだろう。