2024年7月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年12月27日

 今回のテロ事件は、モスクで礼拝中のイスラム教徒を襲い、20人以上が銃を乱射したもので、死者は300人以上に上っています。礼拝中のイスラム教徒が襲われたことは、エジプトを含めイスラム世界に衝撃を与えています。誰も犯行声明は出していませんが、目撃者は攻撃者が「イスラム国」の旗を持っていたと述べており、「イスラム国」の「シナイ州」を名乗っていた集団の仕業である可能性が高いです。アルカイダ系組織は今回の攻撃を強く非難しています。

 トランプはこの事件後、「壁が必要、移民禁止が必要」など、我田引水のツイートをしています。この社説が指摘するように、そんなことは無関係です。

 ただ、この社説が我田引水でないかと言うと、これも我田引水です。シシの権威主義的統治を批判し、シシは市民社会と政治をより開放的にしてジハード応募者を少なくすべしと論じています。しかし、市民社会と政治を開放的にすればジハード応募者が減る、という保証などありません。

 イスラム・テロはイスラム過激派によるものですが、なぜイスラム過激派が生まれるのか、その社会的・政治的・思想的背景について、もっときちんとした議論をしないとこの問題には対処できません。我田引水の議論では駄目です。貧困や社会的差別がテロの原因という説もありますが、そういう証拠はないと思われます。また、パリでのテロの後、自由主義文明への挑戦と言うことで、オランド大統領や欧州首脳がシャンゼリゼを行進し、テロを文明の衝突と取り扱ったのもピント外れだったと言ってよいでしょう。

 現実の脅威に立ち向かうためには、テロ団体への資金の締め付け、「テロリスト」の移動制限、テロの手段を与えないこと、インターネット利用の規制など、すべきことが山積しています。そして、それをやっていくことが重要です。

 しかし、最も重要なのはイスラム過激派の思想を論駁(ろんばく)することです。エジプトのアズハル・モスクこそ、イスラム過激派の思想がイスラム本来の考え方からどう外れているのか、どう異端であるのか、を指摘しうる立場にあります。今度の襲撃を契機に、そういうことが強力に行われるならば、災いを転じて福となすことになるでしょう。

 イスラム・テロ問題は、イスラム世界での思想的分裂の反映の面が大きいです。一神教徒の道徳観は神の命令に従うことが道徳的という、他律的道徳観です。特にイスラムはそうです。そういう中で、コーランが誤って解釈された場合、子供の礼拝者さえ殺す冷酷さにつながることになっているのでないでしょうか。自律的、または内発的道徳観を基盤にした文明の方が、このような誤りを冒す危険が低いように思われます。

  
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