2022年8月18日(木)

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2017年12月28日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

記者・作家

記者・作家。北海道大学工学部卒。1989年より毎日新聞記者。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマなどに駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)。
 

 

【コラム】みやざき地頭鶏の里に移住した人たち

東京から日南市に移住し、株式会社「地頭鶏ランド日南」を築いた社長、近藤克明さん(48)

 居酒屋「塚田農場」などを運営する会社、エー・ピーカンパニーが創業したのが2001年で、直後からのメンバーです。最初のころは小さな規模で、東京・八王子でダーツバーなんかをやってました。みな飲み会が好きで、焼酎ブームが来たころで、やっぱり焼き鳥だよなあなんて言っていたら、たまたまサンプルで「みやざき地頭鶏」が手に入ったんです。炭で焼いて黒くなってて、串に刺さない焼き鳥。これがうまいんで、我々で安く提供できないかなあと、宮崎に通い始めたんです。2004年ごろです。

 今では15軒に増えましたが、当時、日南市で地頭鶏を扱う農家は4軒だけ。

 「東京もんには騙されんぞ」「商売のネタに日南の名を利用してるんじゃないか」と非難されたり、僕にもいろいろ葛藤があったんですけど、それならもう、日南の人間になろうと、移住したんです。

 まずは我々独自の養鶏場を作って、加工センターを作り、地元に還元しようと料亭も作りました。6次化というやつですね。最初は自分たちの利益が目的でしたが、地元に工場を作り、雇用も生んで、ああ、地方創生に貢献しているんだと、後になって気づきました。人口約5万3000人の日南市にはなかなか新規投資がないんで、僕にも声がかかって、今は商工会議所青年部の仕事もさせてもらってます。

 地頭鶏は量より、質の安定を第一に考えています。そのためにはやはり養鶏から加工、調理まで一貫して管理できるのが我々の強みです。自分で言うのも何ですが、やはり私がここに根を張り、地元の人に信頼されたからできたんだと思っています。

東京から志願して「地頭鶏ランド日南」に出向している菅原純平さん(31)

 千葉の大学の法学部を出て「エー・ピーカンパニー」に入りました。リーマンショック翌年の2010年春です。居酒屋「塚田農場」の新宿三丁目店で料理長までやったんですが、上から材料もレシピも降りてくる居酒屋にいるより、生産現場に行きたいと思って、日南に来ました。みやざき地頭鶏は結構高いですから、県内の居酒屋さんもなかなか手が出せないんです。もも肉だけでなく胸肉も抱き合わせにすると少し安くなりますとか、店と一緒に工夫を考える営業をしています。あと、日南市は広島東洋カープのキャンプ地なんで、ファン向けにカープの漫画が描かれた箱入りの地頭鶏セットを手がけたりしています。養鶏から加工まで生産を実地体験した知識が営業の役に立ってます。今は焼き鳥を食べただけで、オスかメスかわかりますよ。
 

  
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