その人は歩き方からして違っていた。歩幅が短く、ややうつむき加減にゆっくり歩く。薄氷を歩くかのようだ。「さあ、こちらへどうぞ」と勇んで自分の仕事を披露するものと予想していたが、どこか臆するところがある。どうしてなのか。
想像以上に繊細な鶏
「宮崎の養鶏を見に行きませんか」。以前、大学生の就職活動の記事を書くためお邪魔した外食企業「エー・ピーカンパニー」の広報の人に誘われ、この冬、宮崎県日南市を訪ねた。羽田から宮崎空港へ飛び、日南市に入ると、養鶏家の松浦大季さん(25)が軽トラックで駅まで迎えに来てくれた。
松浦さんが営む「松浦農場」の手前で消毒済みの白い長靴に履き替える。林道を進むと、ほどなく鶏の声が聞こえてきた。成長に合わせて4カ所ほどに分かれた鶏舎に鶏の姿が遠望できる。
松浦さんはそこで立ち止まり、「祖父ちゃんがユンボーでみかん山を切り開いてつくった傾斜地なんです」と話してくれるが、なかなか鶏舎に近づこうとしない。
周囲を鶏舎が囲む位置にあるプレハブ小屋の前で立ち止まると、小さな声で「この中に雛がいます」と言う。見せてくれるのかと待っていると、「45日がすぎたら、あっちの鶏舎に移します」と語るだけだ。たまりかねて「中を見てもいいですか?」とたずねると、松浦さんはちょっと身構えた姿勢になり、「あっ、いいですよ」と言うや、雨戸がわりにしているベニア板をゆっくりと開いた。
中には保温機の下、何百というひよこがいた。薄暗い部屋に一気に外の光が入ったため、ひよこたちは一斉にピクリと体を動かし、ピーピーと小さな声で鳴いている。
「写真、いいですか?」「ええ、はい」
数枚撮ると、松浦さんは再び大事そうにベニア板を下ろした。ベニアがもたらす風圧でそよ風一つ中に入れない動作だ。
それで合点がいった。松浦さんは雛や鶏に気をつかっているのだ。時折、私たちのような外来者が訪れるが、それは鶏を育てるという彼の職務とは関係のない事態であり、できれば鶏をそっとしておいてやりたいという心情が、彼の態度に表れている。