2024年4月27日(土)

江藤哲郎のInnovation Finding Journey

2018年1月17日

 シアトルでのある朝。ビジネスマンが起きてスタバのコーヒーを口にし、出勤するとマイクロソフト製品で仕事をする。帰ってアマゾンのエコーと会話し、週末は家族でコストコへ買い物に。翌週の出張はエクスペディアで予定を立て、ボーイングの飛行機に乗って行く。これは日本でも世界中でも見られる光景だろうが、これらのブランドは全てワシントン州シアトルとその近郊が本拠地の企業だ。ここにはもう一方のコーヒー大手タリーズ、データ分析のタブロー、ストックフォトのゲッティイメージズ本社があり、不動産テクノロジーのズィローやレッドフィン創業の地でもある。テクノロジー、流通、製造、し好品、不動産などあらゆる分野でグローバル・スタンダードを輩出している都市だ。

アマゾン新本社ビル ©️Naonori Kohira

 全米でアンケートをとると常に人気都市の上位にランクインするのもシアトル。以前シアトルタイムスがシリコンバレーの若手のエンジニアに「移住するなら米国内のどの都市か?」というアンケートを行ったが、同じカリフォルニア州の人気都市サクラメント(10.4%で2位)やロサンゼルス(9.6%で3位)を抑えてシアトルが12.4%で堂々1位。お隣オレゴン州のポートランドが8.6%で4位なので、計2割を超える人々が米北西部を次のステップとして考えていることになる。シリコンバレーは地代や物価が高騰し住みにくくなった事が背景だ。シアトルやポートランドは風光明媚で食べ物も美味しい事で知られるが、子供を育てる事を考えると治安や住環境の良さ、そして教育水準の高さも大きな魅力となっている。

中国のBATもシアトルへ

 シリコンバレーからシアトルへ。これら個の流れと共に大手企業の拠点開設も加速している。シリコンバレーからはグーグル、フェイスブック、セールスフォースがシアトルにAI研究開発拠点を設け、最大で4000人規模のビルを準備していることは以前書いた。さらに中国勢は百度、アリババ、テンセントの所謂BAT3社がスタートアップを買収するなどの形で進出。自動車関連ではメルセデスベンツが150人体制で拠点開設の発表がなされ、ウーバーも同様に進出を決めている。過去3年間だけで実に100社以上のグローバル企業がシアトルに開発拠点をオープンし、更に増え続けている。

 地元勢を代表するアマゾンはここ数年年間1万人を超える採用を続け、昨夏は5000人のインターンをシアトルに集めたため、ホテルやAirBnBが完売になった。元々夏は過ごしやすく観光やカンファレンスのトップシーズンなのでそれに輪をかけた形だ。同社は採用した人員を完成したばかりの巨大な新社屋にも収容しきれず、第2の本社を他の都市に設置すると発表。現地では衝撃的なニュースとなったが、全米から誘致を希望する都市が次々と名乗りを上げ、200件を超す提案を受けている。AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)本社で事業開発を手掛ける中村武由マネージャーは「アマゾンでは本体のショッピング部門からAWSへの異動を希望するエンジニアが続出し、社内技術セミナーはどれも立ち見が出るほど」と話す。世界中からシアトルへと優秀な人材を呼び寄せているアマゾンの中でも社員と社屋の大移動が起きている。

 ちなみに中村氏は、実は以前マイクロソフトでグローバル事業開発や人材開発を手掛けていたストラテジストで、AWSが一昨年スカウトした。ちょうどその頃アマゾンはアレクサを発表しオープン化へと大きな舵を切った頃で、同氏の様なエバンジェリズム(標準化の為の普及活動)のノウハウに長け事業開発もできる人材は引く手数多だ。

 州政府商務省担当官と話すと、現在5万人を超えるAI開発者がシアトルに集まっていると言う。全米で、いや全世界でも他にこのような都市はない。まさにAIの首都だ。それでも人員が足りず、マイクロソフトでは在籍する2万人のC#プログラマー全員にマシン・ラーニングの教育を始めた。そのプロジェクトを本社情報システム部門で取り仕切る保坂隆太シニア・マネージャー曰く「嘗て世界中から集められたC#の使い手達ですら自身をAI仕様にトランスフォーメーションしないと生き残れない」「先端技術を理解し事業に応用するAIアーキテクトの養成も急務」。もはやAI開発者でなければいいポジションを得られない。最先端の二社の開発現場で起きている現実の出来事だ。

マイクロソフト本社ビルディング92 ©️Naonori Kohira

 マイクロソフトは最近、レドモンドにある本社ビルのニュー・キャンパスの造成計画を発表した。86年に建てたビルディング1に始まり現在は125もの建物がある敷地内で、低層階のビルを全て取り壊し、5万人収容のビル群と1万人が集える広場を建設する。インド人が大好きなクリケットの競技場も予定されているのも、エンジニア人材獲得の一環だ。加えて同社は昨年、ワシントン大学と清華大学が共同で創設したGIX(グローバル・イノベーション・エクスチェンジ)に4千万ドルを寄付した。イノベーションを専門とする大学院で、企業や新技術の研究開発とプロトタイプ作成を行う為、パートナーシップの機会は世界中の企業や大学に対し開かれている。中国は習近平国家主席が記念植樹用のセコイアを寄贈する力の入れ様だ。翻ってここに日本企業や大学の関与がないのは非常に寂しい。

 GIX発表の場でブラッド・スミスCOOが明らかにしたのがカスケーディア・イノベーション・コリドーだ。北はバンクーバーからシアトルを経て南はポートランドまでを高速鉄道で結び、全米屈指のイノベーション都市群を構築する。このプレゼンテーションの際、日本の新幹線の写真が使われ日本関係者の期待が一気に高まったが、これも州政府に聞いたところ「これは構想段階であり、中身がどうなるかはわからないが、インズリー知事は熱心に研究中だ」と打ち明ける。確かにマイクロソフトは国家予算規模の資金力があるものの、鉄道まで手掛けるかは夢のまた夢かも知れない。


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