2024年5月13日(月)

Wedge REPORT

2010年12月14日

 今回、埼玉県の条例案作成の際にポイントとなったのは、悪天候などにより明らかに運航が困難と判断される場合を除き、原則的に救助要請にはすべて応じる、という点である。救助要請の時点で出動の是非を問えば、消防法に抵触する恐れもある上、後々怪我の状態が悪化するということも大いに考えられる。ただし、救助後に、それがあまりに安易な要請であると判断された場合には、救助者の救助に要した費用として、燃料費や整備費などを請求できると定めるつもりだった。

 実際にどの程度の額を想定していたかというと、「10万円~30万円程度」(前出の田村議員)。一律案も出たのだが、その場合は航空法による航空運送事業の許可が必要な民間ヘリの定期運航と見なされる可能性がある。これには煩雑な事務手続きが必要とされたり、人員の確保などの細かな規定があったりと、現実的に運営が困難となるため、実費という結論に落ち着いた。「お金の徴収が目的ではなく、あくまでも請求権を担保することによって、不適切な防災ヘリの出動を抑制し、遭難事故が減少すれば」と田村氏はその意図を語る。

どこからが「安易な要請」?

 さらに、「安易な要請」であったかどうかの線引きをどのように行うのか、という問題もある。防災ヘリ有料化法案の提出が見送られた9月の定例会中の10月15日、県議会後の記者会見で、上田清司知事は「本来は国が法律で一元化した方が分かりやすい」としつつ、「運用規則は県執行部が作ることになるだろうが、費用負担の線引きは困難だ。議会からの問題提起と受けとめ、研究したい」と牽制ともとれる発言をした。これについて田村氏は、「山岳関係者などの専門家たちを集めた、第三者検証委員会を設置し、事故について判断してもらいたい」としていた。

 隣県への影響については、「条例が適用されるのは、埼玉県内で事故が起きた場合。埼玉県のヘリが他県の救助要請に応じた場合はその県の条例に従い、埼玉県で起きた事故の救助に他県のヘリが出動した場合は、埼玉県の条例に従う。規則に従って粛々と行っていけば、問題はない」と田村氏は言うが、長野県の危機管理局職員は、「近隣の県で防災ヘリが有料化すれば、長野県を含めた周囲の県でも何らかの策を考えていかなければならないであろう」と、足並みを揃えていく姿勢も見受けられた。

有料化を条例案に盛り込めなかった理由

 しかしこの条例案は、再び議会の提出前段階で、執行部の反対にあった。「請求可能とする法的根拠が乏しい」という声に対して、田村氏は、民法703条「不当利得の返還義務」*注1を挙げていたが、「人命と財産を一緒に考えることはなじまないのでは」という執行部を説得できず、有料化は条例案本則には盛り込まれなかった。民法に詳しい元・広島高等裁判所長官で弁護士の相良朋紀氏の見解では、「確かに、防災ヘリに関しては(民法)703条は馴染まないが、702条の『管理者による費用の償還請求』*注2ならば、『管理者』の定義は分かれるところかもしれないが、可能性がないわけではない」と、費用請求において法的な根拠を求めることができる可能性を示唆した。

*注1 民法703条 不当利得の返還義務:法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(受益者)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う
*注2 民法702条 管理者による費用の償還請求等(一部抜粋):管理者は、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対し、その償還を請求することができる。

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