2024年5月15日(水)

中島厚志が読み解く「激動の経済」

2010年12月22日

 全面的なドル安となれば米国経済にとっては輸出が有利になるが、日本、ユーロ圏および中国等多くの新興国にとっては好ましくない。通貨安競争も再燃しかねず、世界経済や金融市場は混乱しかねない。

 また、新興国にマネーが一段と流入することになれば、多くの新興国が追加的な金融引き締めに追い込まれる可能性が強まる。また、大幅な人民元切り上げなど中国経済にとっても一段の逆風が想定され、場合によっては中国経済の高成長が途絶えかねない。さらに、資源価格が一段と上がることで、世界経済にマイナスとなろう。

 二つ目の火種は、ユーロ圏諸国の財政緊縮がユーロ圏経済の想定以上の停滞を招く可能性だ。2011年のユーロ圏経済はいまのところ堅調に推移している。しかし、ギリシャ、ポルトガル、スペインなどのユーロ圏諸国の財政健全化目標は、近年OECD各国が行ってきた財政健全化とそのときの経済成長との関係から見ると、極めて達成が難しいと見ざるをえない(図表5)。

 現在、ギリシャ、アイルランドなどの財政赤字問題を抱える国々は財政健全化と市場の信認回復に向けて最大限努力している。それでも、財政健全化の遅れが市場を混乱させ、さらなる財政緊縮がユーロ圏経済を失速させる事態は否定できない。

日本経済は民間活力の増進を図れ

 日本経済にも火種はある。政局が混迷して、来年度予算の執行が滞る可能性があるし、来年度から予定される新成長戦略が本格実施できなければ、経済活力の回復が遠のくことになる。また、円高が一層進む事態となれば、景気はさらに下押しされる。

 内外経済の環境が不透明で火種が多くある状況では、日本経済の本格的回復は望めない。しかも、米国や中国などの海外経済の成長に頼るばかりでは、自律的な経済成長など考えられない。必要なのは、安定した内需の拡大であり、個人消費の盛り上がりだ。

 政府はエコカー減税、エコポイントや子ども手当などで消費を下支えている。しかし、公的な補助金で景気を支えても限度がある。大きな財政赤字があり、来年度予算の財源探しに四苦八苦する状況ではなおさらだ。現状では、国民の雇用と所得を一義的に支えている企業の活力増進を図ることが、少し遠回りするようでも一番の景気回復策だ。

 企業の活力増は、競争の中での企業努力と政策支援などで実現する。その政策支援では、グローバルな視点を持つことが欠かせない。いくら国内で「企業優遇はけしからん」などと言っても、世界経済がグローバル化している現状では、国際的に割高で企業の競争力を抑えている法人税率を下げるのは遅すぎたくらいだ。また、企業活力を制約する規制が主要国で日本だけであれば、緩和を急がなければならない。

 一方、グローバルスタンダードと言えない企業、産業の支援策や既得権保護などは早急に撤廃しなければならない。例えば、市場が成熟化している中でも国民医療費や社会保障関係費予算は年平均で3%ほど増えつづけているが、医療・介護産業を成長産業と実感できないのは、それだけ規制や供給体制などに見直すべきところがあるからに他ならない。

 また、農業分野にも見直すべき点がある。欧米主要国では、農家への戸別所得補償制度は食糧価格の下落を補填するためにある。ところが日本では、戸別所得補償制度で補助金が米価とは関係なく支給されて、農家所得をかさ上げしている。

 このように、ひとつの産業分野に財政資金を大量に投入することこそ、優遇の最たるものだ。法人税減税を企業優遇と批判するのであれば、企業活動を過度に制約・保護していることにもっと問題意識を持たなければならない。

 現状のように景気回復が十分ではなく雇用問題も深刻な中では、厳しい競争を企業や産業に促すことが不可欠としても、企業淘汰や失業増にもつながりかねないだけに慎重でなければならないのは事実だ。規制も、経済活力の観点だけで整備されているわけではない。

 しかし、企業を取り巻く税制や規制などをグローバルな水準で意識した形で見直し、それを前提にした企業競争や産業のあり方が定着すれば、人口増減要因を除いた日本経済の成長率が他の先進国に劣後する謂れはなく、自律的な景気回復やデフレ脱却も見えてくる。

 雇用問題には配慮しつつも、政府が企業、産業の足を過度に引っ張ったり、過度に保護したりするのは止めることだ。それが、日本経済と景気を本格回復させる王道だ。


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