2024年11月21日(木)

科学で斬るスポーツ

2018年2月2日

羽生のジャンプの優れているところ

 羽生の4回転ジャンプはどこが優れているのだろうか。

 4回転を成功させるには、ジャンプの高さが欠かせない。滞空時間を確保するためだ。

 もう一つ重要なのは回転速度だ。滞空時間が短くても、回転速度が速くなれば4回転の成功率は高まる。それには、踏み切る前に助走速度を一定以上に高める必要がある。4回転成功の目安は、0.63~0.67秒の滞空時間で、毎秒5.7~6回ほど回転速度が必要だ。

 羽生の助走速度に比べ、宇野はそれを上回る。筋肉も含め強靭な身体能力を持っているのが強みだ。ただ、実際のジャンプの見栄えは回転速度だけでなく、体の柔軟性、身のこなし、筋力のバランス、腕などの使い方などが関係する。助走速度だけで決まらないところが難しいところであり、面白いところである。

 羽生のフリーの演技の特徴は、ジャンプ時の姿勢の良さ、完成度だけでなく、ジャンプ前後の演技の流れにある。助走速度をあげるため、加速に当てる時間を短くし、演技が止まらない。それが出来栄え点(GOE)の高さに現れる。

 図8を見て欲しい。

 300点超えなど高得点時の羽生のGOEの高さは突出する。GPファイナル、世界選手権フリーの13演技で、GOEの合計はそれぞれ25.73、22.96。各演技のGOEは最高3点なので、平均1.98、1.77となる。この数字は他の追随を許さない。

 昨年のGPファイナルにおけるチェンと宇野のGOE(図9)と比較してみるとその差、すごさは歴然としている。宇野は平均0.27、チェンは0.22しか加点されていない。4回転ジャンプはするものの完成度は低く、さらには演技が流れないということを意味する。

図8 羽生が高得点を挙げた2015年のGPファイナルと2017年の世界選手権の時のフリー技術点とGOE 写真を拡大
図9 2017年のグランプリファイナルにおける宇野とチェンの技術点とGOE 写真を拡大

 その辺の事情は、1月に出版された『羽生結弦は助走をしない』(高山真著、集英社新書)に詳しく記されている。フィギュアスケートに対する思い入れが深い著者の洞察は鋭く、優れており、そこには羽生の滑りについて、「(ジャンプなどから次の演技に移る)トランジションの密度の濃さ」「足さばきのほとんどすべてを音楽にからめていく見事さ」「助走をしないほど濃密な演技」と評している。羽生は、4回転だけでなく、その前後の演技を考えていることが窺える。

 この演技の完成度の高さから五輪本番では、無理して、難度(基礎点)の高い4回転を飛ぶ必要もないという声が上がるのも自然だ。ケガにつながったルッツより、基礎点は低いもの完成度の高いサルコー、ループ、トウループでまとめた方がいいというものである。羽生はサルコー、ループ、トウループは完成度も高く「武器になる」と語っている。ただ、平昌五輪では4回転を4回ほど飛ばなくては優勝できないとも言われている。もちろん4回転を減らし、3回転、コンビネーションの完成度をあげて,着実にGOEを獲得するという戦略はある。ただ、それを羽生が許すか、GOE重視の演技に切り替えるかは、けがの癒え具合とそれで遅れた可能性のある練習不足の度合いにかかっているだろう。


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