公立中学が挑む教育改革

2018年3月2日

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多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。著書に『「目的思考」で学びが変わる 千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦』(ウェッジ)。

一からCADを覚え、区内すべての学校の工事を起票したメンバーも

 新たな取り組みを始めれば、さまざまな方面との軋轢が生まれるものだ。新宿区のICT化計画も例外ではなかった。

 あるとき、学校情報化担当チームと区の教職員組合が話し合いの場を設けることになった。「ICT化によって現場の教員の負担が増すのでは」という懸念を持つ組合側へ説明するためだ。ここで松田氏は、慣例にとらわれない工藤氏のスタンスを目撃する。

「いまでも壁にぶつかると工藤さんのことを思い出す」と語る松田浩一氏(新宿区・福祉部地域福祉課長)

「通常、組合との話し合いは明確に時間を区切って行われます。説明する側はできるだけ早く終わらせたいと思うものです。ところが、一通り説明を受けた組合側が『持ち帰って検討する』と言っているのに、工藤さんがさらに組合側に呼びかけたんです。『まだ帰らないでください。もっと話しましょうよ』『この改革は、子どもたちのために絶対に実現させなきゃいけないんですよ』と」(松田氏)

 そして工藤氏は、組合関係者に向けてICT化の意義を語り続けた。気づけば数時間が経過していた。教育委員会は、現場の負担を増やそうとしているわけではない。その真意が伝わったとき、両者の間にあった対立軸はほぼ無意味なものになっていた。その光景を目の当たりにした松田氏は「本当に熱い人だな」と感じた。「ある意味、青臭い人なんだな」とも。

 3年間という期限に向けて計画を完遂するためには、突貫工事も必要だった。対象となる学校の数は膨大。区役所内の工事部門には、あまりにも途方もない計画から「できるわけがない」とさじを投げられた。しかし工藤氏はあきらめなかった。学校情報化担当チームのメンバーも思いは同じ。「工事部門が引き受けてくれないなら自分が図面を描きます」と、一からCADを覚えて区内すべての教室の工事を起票したメンバーもいた。

「役所というのは、ちゃんと計画を立てて進めていくものです。そういう意味では私たちは本当に危なっかしいチームだったのかもしれない。でも、工藤さんが繰り返し語り続ける理念に影響されて、『これは絶対に子どもたちのため、先生たちのためになるんだ』と信じていました。この頃には、当初工藤さんが言っていた言葉の意味も理解できるようになりましたね。工藤さんはICTの専門家ではなく、あくまでも『学校教育の専門家』としてこのチームに加わっていたんです」(松田氏)

 結果的に区役所内での協力者は増えていき、学校情報化担当チームは3年間の目標を完遂することができた。

 松田氏は今でも、壁にぶつかったときには工藤氏のことを思い出すのだという。「どんなに大変な場面でも、工藤さんなら『大勢に流されていてはダメだ』『思い切って言うべきことを言わなきゃダメだ』と言うでしょう。私にとってあの3年間は、それまでに身につけていた公務員の常識を良い意味で破壊してくれた期間でした」(松田氏)

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