組織に所属している人なら、大なり小なり、その内側から改革を進めていくことの難しさを感じたことがあるだろう。千代田区立麹町中学校校長・工藤勇一氏の歩みは、そうした現実との戦いの歴史だったとも言える。かつて在籍した新宿区教育委員会では前例のない規模で公立学校のICT(情報通信技術)化を進めた。当時、工藤氏とともに働いた3人の区職員の話を交え、改革者の横顔に迫る。
第一印象は「変な人だな」
「私の30数年におよぶ役所人生の中でも、あの3年間は特に『仕事をしたな』という実感が得られました。およそ役所の常識では考えられないようなことを実現したんです」
松田浩一氏(新宿区・福祉部地域福祉課長)は当時をそう振り返る。公立学校のICT環境を整備するべく、新宿区は2009(平成21)年に「学校情報化担当チーム」(当時)を新設した。異動の内示を受け、学校情報化推進担当となった松田氏は、ICT教育の専門家としてある人物を紹介された。目黒区立目黒中央中学校副校長から、学校情報化担当チームの統括指導主事として異動してきたばかりの工藤氏だった。
「第一印象を端的に言うなら、変な人だな、と。統括指導主事という立場でわざわざ選ばれているのに、『自分はICTの専門家ではない』と言うんですよ。その言葉の意味は後になってしみじみと理解しましたが」(松田氏)
公立学校のICT化は当時、文部科学省が主要政策として進めていたものでもあった。2009年度の補正予算案に盛り込まれた「スクール・ニューディール」構想では、学校施設の耐震化・エコ化とあわせてICT化が掲げられている。全国の小・中学校に電子黒板を導入するという内容だった。しかし工藤氏はこれに異を唱える。
「電子黒板などの新たなICT機器を導入した場合、往々にして現場の先生は機械やコンテンツに合わせて指導方法を変えなければいけなくなる。場合によっては指導計画そのものを見直す必要も出てきます。工藤さんが目指していたのは、真逆なんです。授業はプロである先生自身が構想し、必要なコンテンツも先生が作るべき。それを後押しするためのICT環境でなければ何の意味もないのだと力説していました」(松田氏)
ICT化といっても、ロボットやソフトウェアが授業をするわけではない。教員のモチベーションを高め、授業を手助けするために必要なものを準備しなければならない。IT時代に子どもたちへ質の高い教育を提供していくためには、その原則を曲げてはいけない――。