2024年12月4日(水)

公立中学が挑む教育改革

2018年3月2日

何かを判断するときの軸は「一に子どもたちのため」

 工藤氏はその後、新宿区の教育指導課長として新たなミッションに取り組む。長田和義氏(新宿区教育委員会事務局・教育指導課長)と小林力氏(同・統括指導主事)は、当時の工藤氏のもとで働いたメンバーだ。

「工藤さんが掲げたテーマは『改善』でした。そのために取り入れたのが学校の経営診断。民間企業で行っているような組織マネジメントの発想を学校現場に根付かせていったんです」(長田氏)

 生徒に対する指導内容の評価には力を入れているものの、経営という観点での改善は十分ではない。公立学校の課題と向き合い続けてきた工藤氏ならではの発想だった。

「例えば、教員が仕事をする職場の環境を改善することもテーマの一つでした。ICT化もその一環ですが、今で言うところの働き方改革を進めていったわけです。すでに行われていた『授業の質を生徒に評価させる』といった取り組みも拡大していきました」(小林氏)

 部下である教育指導課メンバーも、「工藤流」を大いに叩き込まれることとなった。それまでは、テキストベースで作成した資料を学校に配布することが当たり前。しかし工藤氏は「区で作る資料にはもっとメッセージ性を持たせ、相手(読み手)を意識して伝えなければならない」と指摘した。

「『相手に使ってもらえる資料でなければ、そもそも作らなくていい』と言われたことがありましたね。学校側で手に取って読みたくなるような資料を作ろう、と」(長田氏)

「工藤さんは日頃から考えていることを積極的に話してくれるので、その思いを少しずつ理解していくことができました。もちろん厳しい面もあって、考えたプランや資料を一から練り直すように言われたことも数え切れません。プレゼンの際には『常に受け手を意識し、メッセージ性のある言葉とメッセージ性のある図表を使ってほしい』とオーダーされたことを覚えています」(小林氏)

 そんな2人は、麹町中学校で次々と改革を進める工藤氏を見て「水を得た魚のようだ」と表現する。新宿区で工藤氏が実現した改革を、学校現場というフィールドでさらに進化させ、定着させているからだ。「その根底には工藤氏の揺るがない信念がある」と長田氏は話す。

「工藤さんの下で働いていた頃に胸に刻み込み、私自身がいつも心がけていることがあります。それは、すべての判断を『子どものためになるかどうか』という軸で考えること。工藤さんは事あるごとに『何かを判断するときの優先順位は一に子どもたちのため、二に保護者のため』と話していました。その後に教員と学校がある。教育委員会の都合は最後に考えよう、と」(長田氏)

「私たちの仕事ではさまざまな立場の人との調整が必要ですが、今やっていることが子どものためになるかどうかという視点で話せば、どんな相手とも対立軸がなくなって、互いに納得できる場所へ着地できるんですよ」(小林氏)

 一に子どもたちのため。工藤氏はその言葉をきれいごとで終わらせず、役所の中でも大きな存在感を発揮した。工藤さんは根本的に、いつまでも教員なのだと思う――。小林氏はそう締めくくった。

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「目的思考」で学びが変わる
千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦

多田慎介 著(ウェッジ)
2019年2月16日発売

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第1回:「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている
第2回:対立は悪じゃない、無理に仲良くしなくたっていい
第3回:先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう
第4回:教育委員会の都合は最後に考えよう
第5回:着任4カ月で200の課題を洗い出した改革者の横顔
第6回:“常識破り”のトップが慣例重視の現場に与えた衝撃

第7回:親の言うことばかり聞く子どもには危機感を持ったほうがいい
第8回:保護者も学校を変えられる。麹町中の「もうひとつの改革」
第9回:社会に出たら、何もかも指示されるなんてことはない
第10回:人の心なんて教育できるものではない(木村泰子氏×工藤勇一氏)
第11回:「組織の中で我慢しなさい」という教育はもういらない(青野慶久氏×工藤勇一氏)

第12回:「定期テスト廃止」で成績が伸びる理由
第13回:なぜ、麹町中学は「固定担任制」を廃止したのか
第14回:修学旅行を変えたら、大人顔負けの「企画とプレゼン」が生まれた
第15回:「頑張る」じゃないんだよ。できるかできないか、はっきり言ってよ​

第16回:誰かと自分を比べる必要なんてない(澤円氏×工藤勇一氏)
第17回:失敗の蓄積が、今の自分の価値を生んでいる(澤円×工藤勇一)
第18回:教育も組織も変える「魔法の問いかけ」とは?(澤円×工藤勇一)
第19回:「言われたことを言われた通りやれ」と求める中学校のままでいいのか(長野市立東部中学校)
第20回:生徒も教職員も「ついついやる気になる、やってみたくなる」仕掛け(長野市立東部中学校)

多田慎介(ライター)
1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

  
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