サンテリアとチャべスの呪い
ベネズエラでは、アフリカ系土着宗教はキューバと同様にサンテリアと呼ばれる。サンテリアの儀式を執り行う白い服装の男女はサンテーロ。ベネズエラ人は「私の生まれた曜日から、健康のために鯛を食べてはいけないと言われている」とか「また金を盗まれた、盗難に遭わないように頼んでくる」などと、人々はこの宗教を信じ、とりわけ困ったことがあると教会の神父ではなくサンテーロに頼る。
ベネズエラにはサンテリアの一大聖地がある。ヤラクイ州のチバコアの街に行くと、街路にバクにのっている半裸の女性像を見ることができる。背後にある山が、天然記念物として指定されている幸運の山(Cerro de Sorte)で、コロンビア、プエルトリコ、ドミニカ共和国などの周辺国からも巡礼者が集まって来る。半裸像は女神のマリア・リオンサ。言い伝えによると先住民の酋長の娘で、水、自然、豊穣を司るとされている。
私はこの聖地を3度ほど訪れたが、極めてベネズエラ的なのは、まったくまとまりがないことである。ブラジルだと1人の司祭が儀式を行い、その周りに信者が集まるものだが、ソルテ山ではあちらこちらで、儀式がかってに行われ、あちらこちらで爆竹が鳴ったり、憑依している女性を見かけたりする。
政治と宗教はときに密接に結びつく。マリア・リオッサ信仰が広まったのは、50年代。独裁者ヒメネス大統領は敬虔な信者で国家的な保護へと乗り出した。また、70年代にはパナマ人のサルサ歌手RUBEN BLADESが「マリア・リオンサ」を讃える曲を作り、ヒットさせている。
あるカトリックの司祭によると(参考『De Verde a Maduro』 Roger Santo domingo)、チャべス政権の時代は、大統領官邸にキューバのサンテーロが何人も招かれ、ニワトリなどの動物の犠牲を捧げて、祈りの儀式を執り行い、サンテーロの神託により政治の進路を決めることがあった、という。私が勤務していた赤字に苦しむ石油公社(PDVSA)にも祓いをするためにサンテーロが何度か訪れていた。
けれども、昨年のベネズエラのインフレは2616%と伝えられているし、昨今の事情(参考『破綻国家ベネズエラの耐えがたい日常』)からすると、国の経済にはサンテーロの祈りは何ら効かなかったようだ。国民は満足に食事もできず、薬品もなく、犯罪が蔓延している。かつては原油がベネズエラの真の神として君臨していたが、今はたとえその価格が回復しても、石油公社の資金不足、生産設備の老朽化、人材の流出などから、生産量を保つことさえ難しい。ベネズエラはチャべス主義に呪われてしまったのだ。
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